コプラナーPCB問題に答える −コプラナーPCB汚染の起源を推論する−
横浜国立大学環境科学研究センター教授 益永茂樹

 
はじめに
最近のトータルダイエット研究から、日本人のダイオキシン類摂取量の内、コプラナーPCB(co-PCB)による寄与の方が「狭義のダイオキシン」(=ポリ塩化ジベンゾ-p-ダイオキシン(PCDDs)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)、合わせて PCDD/DFsと略称される)からの寄与より大きいことが分かってきた。
しかも、その摂取源は狭義のダイオキシンでも魚介類が中心なのだが、コプラナーPCBではさらに魚介類の寄与が高いのである。環境モニタリングでも、コプラナーPCBの水生生物への蓄積が顕著である。

こういう事情から、コプラナーPCBの汚染の原因はなにか? とよく問い合わせが来るようになった。私たちは、狭義のダイオキシンに関しては、燃焼由来に加えて過去の農薬不純物の寄与が無視できないことを明らかにして来た。

それではコプラナーPCBも過去に使われたPCB製品由来なのだろうか? それとも、燃焼プロセスから排出が寄与しているのだろうか? この小論では、コプラナーPCB汚染の起源を現在ある限られたデータから推理してみる。

図1 食品群別ダイオキシン類の1日摂取量(1998年度)
 

上述したように、日本人による狭義のダイオキシン(PCDD/DFs)の摂取量は42pgTEQ/日に対して、コプラナーPCB(co-PCB)は58 pg TEQ/日である(厚生科学研究による1998年の結果、ND=0で計算)。魚介類からの摂取はPCDD/DFsが61%なのに対し、コプラco-PCBは77%にのぼっている。

図2 環境試料中のco-PCB-TEQ/total TEQ比


 
摂取量がco-PCBの方が大きいとしたら、環境中でもco-PCBの方がPCDD/DFsより高濃度なのだろうか? そうではない。

図2は環境庁が最近発表したダイオキシン類緊急全国一斉調査結果(H10年度)の結果から東京都と神奈川県の環境サンプル中の総TEQに占めるco-PCBの割合を平均と標準偏差で図示したものである。

これを見ると大気、降下ばいじん、土壌、底質ともco-PCBによるTEQはほぼ10%程度以下である(水質は元々濃度が低いので分析上の問題もあってはっきりしない)。しかし、水生生物ではco-PCBが70%程度を占め、逆転している。

これは、水系から水生生物への移行の段階でPCDD/DFsとco-PCBの挙動が大きく異なる、すなわち、生物濃縮性と生物体内での残留性においてco-PCBがPCDD/DFsを上まわっていることによると考えられる。
 
図3&4 環境試料、PCB製品、および、焼却排ガス中のコプラナーPCB異性体組成
 

次に環境中に存在するco-PCBの組成を見てみる。同じく環境庁の調査から東京都と神奈川県の分を示す。

グラフは組成比の小さい異性体も見えるように対数目盛で表示した。これをみると、環境試料と左端の黄色で表示したPCB製品中の組成が組成比の大きな異性体(CB-118、CB-105、CB-77、CB-156、CB-167,CB-123、CB-157、CB-81など組成割合が1%以上ある異性体)で非常に良く一致していることが分かる。

それら以外の異性体(CB-126、CB-169、CB-189)でも、それらはある程度似ているが、都市ごみ焼却排ガス中の組成は大きく異なっている。

以上のように、これらの環境中での組成と発生源における組成の比較から、環境中の組成が全体としてPCB製品に支配されていること、および、CB-126、CB-169、CB-189のように製品中で組成が低かった異性体については、それらより高い組成で環境中に存在することから、より組成比の高い排ガスの影響を受けているのではないかと推察される。

(ここでは、特に排ガス中の組成は都市ごみの限られた測定例を用いており、より多くの測定データを用いた再検討が必要なことは言うまでもない。)

図5 過去40年間におけるco-PCBの環境放出量の推定

このことを確かめるため、まずco-PCBの環境放出負荷量を大まかに推計してみる。co-PCBの放出源として、PCB製品と燃焼、および、農薬を取り上げる。これ以外の大きな発生源は現在のところ知られていない。手に入るデータを基に推定したのが図5である。

CB-169、CB-126、およびCB-189を除くすべてのco-PCB異性体でPCB製品として生産されたものの1〜10%が放出されたとすれば、焼却起源や農薬起源よりずっと大きかったことになる

(ここでは、農薬としてPCPとCNPしか検討していないが、益永らが調査した6種類の農薬で一番高濃度のco-PCBが検出されたのがPCPであった。他の農薬からの寄与は大きくないであろう。

また、燃焼起源としては廃棄物焼却しか取り上げていないので、少なめの推定になっているが、それを考慮しても2倍にはならないであろう)。

しかしながら、CB-169、CB-126、およびCB-189では、PCB製品由来と焼却由来が近いレベルになっている。特にCB-169は燃焼起源の方が多い可能性が高い。このことは図4と図5で、これらの異性体が環境中での組成の方が製品中の組成より高くなっていた事実と矛盾しない。

図6 宍道湖底質コアにおけるcoplanar PCB濃度の変遷
 

もう一つの別の面から確認しよう。図6は私たちの研究室でおこなった宍道湖の年代測定された底質コアの分析結果である。

ここではノンオルトの異性体の結果しかないが、CB-169以外の3異性体で、PCB製品がよく使われた1960〜1970年代にかけて濃度が高まっているのに対し、CB-169ではそのような傾向はほとんど見られていない。

このことはCB-169の汚染はPCB製品からの寄与がその他の源からに比べて小さかったことを明瞭に示している。注目すべきことには、CB-169は1993年まで単調に増加しており、これは益永が行った燃焼からのPCDD/DFs放出負荷の変遷の推定結果とよく一致している。

図7 大阪府保存母乳中のcoplanar PCB濃度の変遷
 

更にもう一つの状況証拠を示そう。図7は厚生科学研究による保存母乳中co-PCB濃度の変遷の調査結果であるが、PC-169が一定の傾向を示していないのに対し、それ以外の2つのノンオルトco-PCBは減少傾向を示している。

この結果も、CB-77とCB-126が過去のPCB製品由来の影響を大きく受けているのに対し、CB-169はそうではないことを示している。

図8 宍道湖底質コア中co-PCB-TEQの由来の推定
 

以上のことから、co-PCBの内、CB-169はPCB製品由来の寄与は小さく、この異性体はその他のco-PCB排出源に由来していると言って良いことが分かった。
そこで、宍道湖底質コア中co-PCB汚染の由来の解析を試みる。

ここでは、CB-169の放出源は主として燃焼であると仮定して議論を進める(この仮定にそれほど無理はないと思われる)。

もう一つの仮定として、燃焼由来のco-PCB組成が図5を作成するときに用いた酒井らのデータで代表できるとする(酒井らのデータは一般廃棄物焼却施設のものなので、燃焼一般を代表して良いかは更に検討を要するが、とりあえずの近似としては許されるだろう)。

最後の仮定として、co-PCBの環境挙動は異性体によって違わないとする(厳密には成り立たないであろうが、図5に示したように環境汚染状況がPCB製品と一致していることから大まかには成り立つとみてよいだろう)。

これらの仮定から、コア中のCB-169の濃度より、それと共に来たであろう燃焼由来の各co-PCB異性体の濃度あるいはTEQが推定でき、コア中のco-PCBの由来を燃焼とそれ以外(ここでは、PCB製品由来を想定)に分けることができる。

このようにして求めた結果を図8に示した。燃焼由来のTEQがほぼ単調に増加しているのに対し、PCB製品由来のTEQは1970年前後で最大値をとっている。燃焼由来の寄与率は1950年以前の50%から減少、1970年前後で最低となり、近年は30%近くまで上昇している。

なお、ここで示したと同様の結果が東京湾の底質コアで得た我々の研究結果でも見られている(未発表)。

まとめ
 
co-PCB汚染の状況とその原因に関する解析を試みた。データが少ない状況の下での推定ではあるが、以下のことが言えよう。

(1)co-PCBによる環境汚染はCB-169、CB-126、及び、CB-189を除くその他の異性体はPCB製品由来と見られる。

(2)CB-169はほぼ燃焼由来、CB-126とCB-189もかなりの部分が燃焼由来の影響を受けていると見られる。

(3)宍道湖の表層底質に存在するco-PCB-TEQの20〜30%が燃焼由来、残りがPCB製品由来と推定された。東京湾表層底質でも同様であった。ちなみに、これらの水系におけるPCDD/DFs−TEQに関する我々の推定では、燃焼由来が50%程度で、その他の農薬などの寄与を上回っていた。

(4)燃焼発生源に対するダイオキシン類排出抑制対策の効果は、PCDD/DFsの摂取量削減に関してもゆっくりしか現れないことが危惧されるが、co-PCBに対する対策としては更に一段と効果が薄いであろう。

(5)今回の解析では、PCB製品由来のco-PCBが過去の環境放出によるのか、あるいは、現在も放出されているのかに関しては分からない。

しかし、使用中、あるいは、保管中のPCB製品が現在も徐々に不適切に廃棄されたり、紛失されたりしていることは疑いなく、co-PCB対策としてはPCB製品の適切な最終処分を行うことが肝要である。

(ここに記載した内容は、1999年11月8日環境庁ダイオキシン類排出量削減検討委員会における益永の発表の一部である。)