49.2005.05.10「松井三郎氏の中西準子氏に対する名誉毀損訴訟を検証する
(その3)シンポジウムでの松井三郎氏の発表」

 

個人情報の入り「訴状」掲載のその後
 5月3日に「化学物質問題市民研究会」に掲載されていた松井三郎氏が中西準子氏を訴えた「訴状」は削除された。
 この公開に問題があったという認識が「化学物質問題市民研究会」のホームページ運営者に生じたものと考えられる。なお、このホームページには、掲示板として原告代理人中下弁護人のプレスリリースが掲載されているが、その掲載当初には(317日)、この掲示板から「訴状」にリンクが張られていたそうである。その後、リンクが削除され、そして最終的に「訴状」自体も削除されたことになる。
 
プレスリリースのタイトルページには「発信:原告代理人 弁護士 中下裕子」と記載されているので、掲示版への掲載責任者は中下氏になるのであると推測されるが、「訴状」を掲載した責任の所在は明確でない面がある。それに、削除されたという事態の変化があったため、備忘録57と58の関連する表現を一部修正させていただいた。
 何れにせよ、中西準子氏はこれまでもさまざまな嫌がらせや脅迫を受けながら主張を続けてきているのであり、個人情報が公開されたことによる精神的な被害は計り知れないと思われる。
 さて、今回は、本訴訟が起こる元になった環境省主催のシンポジウムについて検証したい。

環境省主催のシンポジウムのプログラム
プログラムは、
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セッション6 リスクコミュニケーション 
座長:中西準子(産業技術総合研究所)、内山巌雄(京都大学) 
・リスクコミュニケーションの思想と技術  木下冨雄(甲子園大学)
・内分泌攪乱化学物質に対するリスク認知  吉川肇子(慶應義塾大学)
・一般人の誤解と専門家のかんちがい:環境問題の何がなぜわかりにくいのか 山形浩生(評論家・翻訳家)
・消費者、製造業者、行政、科学者の間で、産業によって製造された内分泌撹乱物質の
リスクコミュニケーション   松井三郎(京都大学)
・環境リスクとジャーナリズムの問題点  日垣隆(作家・ジャーナリスト)
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 となっていた。

各講演者の発表内容
 これらのうち、日垣さんを除く4名の方の発表スライドを環境省のホームページで見ることができる。

http://www.env.go.jp/chemi/end/2004/sympo7_mats.html
 それらを見ると、木下氏、吉川氏、山形氏が3名はセッションのテーマである「リスクコミュニケーション」について、それぞれが全てのスライドで議論を展開したことがわかる。それぞれが異なった角度から切り込んでいるが、リスクの認知の問題が議論の中心になっている。

松井三郎氏の講演スライド
 ところが、松井氏のスライドは他の講演者と大きく異なる。全部で16枚のスライドがあるが、最初がタイトルページで、それに続く11枚のスライドは、主題のリスクコミュニケーションとは関係がない松井氏のグループが行った研究結果の紹介になっている。具体的には、女性ホルモン様物質によって駆動される遺伝子に関するものや、ダイオキシン類の受容体であるアリルハイドロカーボン受容体(AhR)に結合することを発見したインジルビンに関するものである。つまり、松井グループの内分泌かく乱研究成果の広報になっている。そして、13枚目に「ナノ粒子脳に蓄積 米、毒性評価を研究へ」というタイトルが読める新聞記事が示される。それに続く2枚では、化学物質が生物に種々のライフステージ毎に異なる、また、多様な影響を与える可能性があることを指摘している。そして、最後の1枚で、実験結果による化学物質が有害か無害かの判定に基づいて、現実における有害か無害を推定した場合に生じる、False positiveFalse negativeという2通りの過誤について図示している。結局、リスクコミュニケーションと多少なりとも関係すると判断できるスライドは最後の1枚だけである。これらの講演スライドから判断する限り、松井氏の講演は、そのセッションのテーマであり、かつ、本人の演題もあった「リスクコミュニケーション」に関する議論はほとんど無く、まず内分泌かく乱化学物質に関する同氏の研究成果を紹介し、次いで1315枚目で示したように、化学物質の影響については未知の側面も多く、生物に対して大きな影響を及ぼす可能性があり、更なる研究が必要というメッセージを発信しようとしたと受け取られる。
 松井氏が上記のことを主張されるのは自由であるが、化学物質に関するリスクについて如何に市民とコミュニケーションを図っていくかというシンポジウムの主題からはいささかずれている。シンポジウムで期待された発表内容とは異なるとの印象を受けるし、言い換えれば、この発表の場を使って、自分の研究成果を広報したように見える。こう見てくると、松井氏が訴状で主張する、「他者の発言を録に聞かず、事実(新聞記事)の確認もせずに、自らの勝手な思いこみに基づき他者を批判し、その名誉を貶めるというもので・・・」という批判も割り引く必要がありそうに思える。場違いな主張を展開したのは松井氏ではなかったのだろうか。
(次回につづく)
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