55.2005.10.11 松井三郎氏の中西準子氏に対する名誉毀損訴訟を検証する
 (その8) 明らかになったシンポジウムでの松井氏の発言

 

 前回に報告した通り、第三回口頭弁論において中西氏から反訴が提起されると共に、問題となったシンポジウムでの全発言記録が録音テープと反訳として提出された。その一部が「環境ホルモン濫訴事件:中西応援団」http://www.i-foe.org/index.htmlに掲載されている。口頭弁論においても弘中弁護士は、松井氏がナノ粒子に関する説明をしていないことを指摘したが、この点を精査しておこう。まず、再現された松井氏の発言である。

 

乙第5号証(シンポジウムの録音テープの反訳のうち、松井氏が問題のナノ粒子に関する新聞記事スライドを見せて説明した部分) http://www.i-foe.org/defendant/o5-2.html

 もう一つ、最後になりますけど、我々は予防的にどうやって次の問題に比べるのか、今回学んだ環境ホルモンの研究はどうやって生かせるのか。私は次のチャレンジはナノ粒子だと思っています。ご存知のようにナノテクノロジーがこれからどんどん進展します。私はそのこと自身は非常に重要と思います。人類が地球上で生存するために大変重要な技術とおもいます。しかし、ここに書いてあるようにナノ粒子の使い方を間違えると新しい環境汚染になる。我々はこのナノ粒子の問題にどのように対応できるかが一つのチャレンジだと思っています。時間が来たのでここまでにします。

 

「ここ(スライドで示した新聞記事)に書いてあるようにナノ粒子が使い方を間違えると新しい環境汚染になる」と松井氏は発言しているが、その背景や理由についてはほとんどふれていない。しかし、松井氏は訴状で、「本件においては、原告のプレゼンテーションは、決して「専門家としての判断も加えず、新聞記事をそのまま掲げて問題があるような話をした」ものではない。』と主張した。他方、中西氏が雑感に記載した「つぎはナノです」に相当する「私は次のチャレンジはナノ粒子だと思っています」という発言は存在した。

この実際の発言と比較するため、松井氏によるこれまでの主張を訴状や証拠書類から抜き出してみる。

 

訴状において松井氏が主張した名誉毀損の事実

http://www.i-foe.org/suitor/sojou1.html

(1)被告は、・・・以下のような記載を行った。

1) 「パネリストの一人として参加していた、京都大学工学系研究科教授の松井三郎さんが、新聞記事のスライドを見せて、『つぎはナノです』と言ったのには驚いた。要するに環境ホルモンは終わった、今度はナノ粒子の有害性を問題にしようという意味である。」

2) 「・・・。学者が、他の人に伝える時、新聞の記事そのままではおかしい。新聞にこう書いてあるが、自分はこう思うとか、新聞の通りだと思うとか、そういう情報発信こそすべきではないか。情報の第一報は大きな影響を与える、専門家や学者は、その際、新聞やTVの記事ではなく、自分で読んで伝えてほしい。でなければ、専門家でない。」

(2)被告は、上記の記載をすることにより、以下の事実を適示した。

(1) 原告が、既に環境ホルモン問題は終わったものと考え、別の新たな課題(ナノ粒子の有害性)へと関心を移していること

(2) 原告が、原論文を十分に吟味することなく、新聞記事をそのまま紹介したこと

(3)被告は、上記(1) (2)の事実を指摘したことにより、あたかも原告が研究対象を短期間で次々と変更したり、原論文を読まずに新聞記事だけを鵜呑みにして情報を発信するような学者であるかのような印象を一般人に与え、内分泌攪乱物質の環境リスクに関する研究に真摯に取り組み続けている原告の、研究者としての社会的評価を著しく低下させた。

他者を批判するときは、少なくとも他者の意見をよく聞き、事実に基づいて行うべきである。本件のように、碌に他者の発言も聞かず、事実も確認せずに、一方的に他者の名誉を毀損するような決めつけをするということは、科学者として断じて行ってはならない行為であると言わねばならない。

 

準備書面(1)における松井氏の主張 http://www.i-foe.org/suitor/jyunbi20050715.html

他者の発言を碌に聞かず、事実も十分に確認せずに、自らの勝手な思い込みまたは自ら創作した事実に基づいて、一方的に他者を非難し、その名誉・信用を貶めるというもので、およそ「学問的見地からの批判」とは似て非なるものである

本件においては、原告のプレゼンテーションは、決して「専門家としての判断も加えず、新聞記事をそのまま掲げて問題があるような話をした」ものではない。したがって、被告の批判は全く的はずれで、合理的根拠を欠く。

その中で、原告は、ナノ粒子についての京都新聞の記事(甲8の第13図)のスライドを示したが、それは、原告らの研究成果からダイオキシンの毒性機構が判明しつつあるところ、そのメカニズムは有害性が懸念されるナノ粒子と共通性を持つことが推定されることを原告独自の見解として指摘したものである。したがって、本件ホームページの記事にあるように、原告が「要するに環境ホルモンは総わった。今度はナノ粒子の有害性を問題にしよう」という趣旨で発言したことはなく、また、原論文を読まずに新聞記事をそのまま示して、ナノ粒子の有害性について説明したという事実もないことは明らかである(甲8、甲9)

当日、原告のプレゼンテーションを聴いていたならば、原告の発言の趣旨は、被告には容易に理解できたはずである。もし、聴きそびれた場合でも、シンポジウムの後で直接原告に確認さえすれば、すぐに事実を把握できたはずである。つまり、被告は、セッションの座長であるにもかかわらず、原告のプレゼンテーションをほとんど聴いていなかったか、聴き流したか、聴いていても理解できなかったか、もしくは意図的に論旨を変更して記述したのかのいずれかであることは明らかである。いずれにしても「科学者」にあるまじき態度であって、到底「学問的批判」などと言えるような事案ではない。

 

甲第8号証において、ナノ粒子に関する新聞記事スライドに関して松井氏が説明したと主張する内容 http://www.i-foe.org/suitor/k8.html

第13図の口頭説明の要点

このようにダイオキシンの毒性機構を説明してきたことから、松井研究室の科学の新しい知見を踏まえて、今後、心配される化学物質がナノ粒子であると指摘し、京都新聞を紹介した。ここで、ナノ粒子(ナノフラーレン、ナノチューブ)の、懸念は、細胞内に侵入すると現在の、松井研究室の知見では、細胞外に排除する解毒機構が、不明であることから、ダイオキシンと似た状況が推定されるとして、松井の独自の見解として指摘しました。

 

 以上のとおり、松井氏は訴状や証拠書類で、「原告らの研究成果からダイオキシンの毒性機構が判明しつつあるところ、そのメカニズムは有害性が懸念されるナノ粒子と共通性を持つことが推定されることを原告独自の見解として指摘した準備書面(1)]」、「当日、原告のプレゼンテーションを聴いていたならば、原告の発言の趣旨は、被告には容易に理解できたはずである準備書面(1)]」と主張している。しかし、発言記録によればそのようなことは全く述べられていない。ダイオキシンの毒性機構とナノ粒子の共通性などには全く言及していないのである。とすると、原告の主張する事実関係は虚構となる。他方、説明をしていないのであるから、「学者が、他の人に伝える時、新聞の記事そのままではおかしい。」という被告側の意見表明は事実に基づいたもの言えるだろう。

 特に、甲第8号証のスライドに付けた説明などは、実際にはその説明は全く行っていないのであるから、偽証に相当すると言わねばならないだろう。

 また、「次はナノである」に相当する「私は次のチャレンジはナノ粒子だと思っています」という発言はあったのだ。

 

 こう見てくると、一つ疑問に突き当たる。松井氏は自分がシンポジウムで実際には発言していなかったことを、訴状では説明したと主張して訴訟を起こしたことになる。どうしてこのような事実に基づかない訴訟を起こしたのだろうか。録音テープのような確たる反証がないものと思い込み、自分の都合の良い主張を展開したのだろうか。それとも、自分では説明したと思いこんでいたのだろうか。実際にプレゼンテーションをしている場合、このスライドではこれとこれを説明するという心づもりでいても、うっかりその内の一つの説明を忘れることはままあるものである。しかし、この場合でも、講演の後であれを言い忘れたとかは、覚えているものなのだが。

 

このようにシンポジウムの中身が明らかになると、雑感で書かれたことの内で訂正すべき点があったとすれば、「松井三郎さんが、新聞記事のスライドを見せて、『つぎはナノです』と言ったのには驚いた。要するに環境ホルモンは終わった、今度はナノ粒子の有害性を問題にしようという意味である。」の記載のうち、下線部分は中西氏の誤解で、「環境ホルモンもまだ未解明の部分が多いが、今度はさらにナノ粒子の有害性も問題にしなければならない」というのが松井氏の意図だったということだけであろう。これも、松井氏のシンポジウムでの説明が十分でなかったことからすれば、誤解されても仕方が無かったと思えるのである。

 この訴訟が、訴権の濫用に相当することが事実として明らかになってきた。反訴も当然であろう。