1998年ダイオキシン国際会議報告

 

                          横浜国立大学環境科学研究センター

                          益 永  茂 樹

 

 今年のダイオキシン会議(Dioxin98, ハロゲン化環境有機汚染物質に関する第18回シンポジウム)は8月1721日にスウェーデンのストックホルム大学で開催された。昨年に続いてその報告をしたい(昨年の会議の報告は水情報1710号(1997)に掲載されている[水情報の問い合わせ先:新潟大学 高橋敬雄(電話:025-262-7030])。

 雨の多い日本と同様に前線が北に退いてくれず雨の多い夏とのことであったが、期間中はそれほど雨は降らず、かなり涼しい(街角の寒暖計は16℃位を指していた)ストックホルムであった。会議で印象的だったことが二つある。一つは、ストックホルム大学の新しい会議場「Aula Magna」である。天井の高くて広い素晴らしい会議場であるにもかかわらず、壁で2つに仕切ることができ、全体会議以外は2つの会場に分けて使われた。壁で仕切る機構がどうなっているのか不思議だった。そして、もう一つは国際会議には付き物である書類入れのバッグが今回はバックパック(リュックサック)であったことである。発表の予稿集が5巻にもなって重く、実際これは重宝した。他方、会議以外では、為替相場が円安であったとは言え、ストックホルムの物価が高いのには驚かされた。消費税に当たるもの(VAT)が25%加算されているせいもある。それに所得税なども加えると一般の人は給与の40%以上を税金で取られていると言う。税金は福祉などとして戻ってくるものではあるが(大学の授業料は無いと市内観光のガイドさんが言っていた)。

 さて、会議の内容を以下に報告する。あくまで私の興味による報告であり、偏った報告になっていることを最初にお断りしておく。また、発表件数が多く一部しか実際に発表を聞けなかったため、アブストラクト集によった部分も多い。間違った解釈をしている可能性もあるので興味を持たれたり、引用したりする際は原典で確認をお願いする。また、誤りを発見された場合はお知らせ頂ければ幸いである(masunaga@ynu.ac.jp

 なお、本文中の引用文献は断りのない限り会議のアブストラクト集 Organohalogen Compoundsの巻とページである。

 

会議の雰囲気

 最初に参加者であるが、最終的には800人を僅かに越える程度だったと聞く。参加者名簿と会議中に配布された追加名簿を合わせると718人で、その内訳を図−1に示す。開催国のスウェーデンが26%。米国の16%に次いで日本が14%を占めたというのは驚きであった。昨今の日本のダイオキシンと内分泌攪乱物質に関する狂騒がストックホルムに及んでいる。発表件数は525件(口頭199+ポスター326)で、発表者(又は、筆頭著者)の国籍では、米国、スウェーデン、ドイツに次いで日本は4番目であり、貢献もそれなりに大きくなってきている(以上の数字はオリジナルのプログラムによったもので、実際は多少の変更があった)(図−2)。発表分野別では、生成と源、環境中レベル、毒性、分析、人の曝露、輸送と運命、などこれまでも研究がなされてきた分野での研究発表は引き続き数多く、今回発表が増えたと思われるのは、内分泌攪乱、ポリマー添加剤・モノマー、塩素化ボルナン化合物、キラル化合物などであった(図−3)。重要な分野であるリスク評価と管理、疫学、あるいは、生態毒性の分野の発表は今回も比較的少なかった。各分野での研究は深化しているが、それらを統括してどう評価できるのか、どのような対策が妥当なのかといった総合的視点が欠けているように思われた。これは、研究の基礎として強毒性のため扱いが難しい、超極微量分析を必要とする、毒性発現機構が複雑、などのため、各分野の研究がそれぞれの専門家によってきたことが原因かもしれない。総合化が今後の課題である。さて、中身に入ろう。

 

分析における課題と進展

 分析技術の新しい展開としては、PCBに関して全異性体の個別定量の試みがなされている(Ikonomou et al.:Vol.35, p.33 ; Haglund & Harju: Vol. 35, p. 39; Harju et al.: Vol. 35, p. 111; Matsumura et al.: Vol. 35. p.141)。また、二次元ガスクロマトグラフの利用も実用化に近づいているようだ(Grainger et al.: Vol. 35, 28A)。機器分析とは別の方向としてbioassayによる毒性等価量(TEQ)の直接定量キットも市場化され(Harrison et al.: Vol. 35, p. 43; Carlson & Harrison: Vol. 35, p. 97)、その適用性や機器分析結果との比較が行われている(Zennegg et al.: Vol. 35, p. 213; Henriksen et al.:Vol. 39, p. 415)。

 人のダイオキシン類曝露の推定手段としての血液の分析が注目されている。Loshkina et al. (Vol. 35, p.25)は血液からの脂肪とダイオキシン類の抽出法の比較を行い、極性の高い溶媒が良かったとしている。また、種々の組織における汚染物濃度を脂肪当たりで評価する場合、脂肪成分の違いが分析結果に影響するので、脂肪成分の情報が役立つという報告があった(Batista et al.: Vol. 35, p. 67)。Wingfors et al.Vol. 37 p.417)は人の血漿、胃と乳房の脂肪組織においてPCB コンジェナーを調べ、組成はほぼ一致するが、脂肪で規格化した濃度は血漿が他の2つより約30%小さいとしている。

 

最新のダイオキシン類発生源インベントリー

 米国の1995年におけるダイオキシン類の発生源インベントリーの報告では、1987年に比べて総量が12 (範囲:530) から3 (範囲:18) kg TEQ/yearに減少した。削減の大部分はごみや医療廃棄物焼却からの発生が以前より少なく見積もられたことによる(Cleverly et al.: Vol. 36, p. 1)。英国の1997年版の発生源インベントリーは、総量で219663 g TEQ/yearであった。これは、1994年の推定値5601100 g TEQ/yearの約半分である(Alcock et al.: Vol. 36, p.105)。さらに、英国でのPCBの環境放出量の推定の報告では、大気への放出が53006100、土壌へが16,00022,000 kg PCB/yearで、水への放出は少なく、主要な放出源は粉砕作業と埋立、コンデンサーからの漏れとなっている(Dyke & Stratford: Vol. 36, p.365)。オランダの環境放出量の報告では、1991年にダイオキシン類が488 g TEQ/y、ダイオキシン類+PCBが527 g TEQ/yであったのが、1998年の推定値はそれぞれ5769 g TEQ/yと一桁下がっている(Cuijpers et al.: Vol. 38, p. 59

 

現在のダイオキシン汚染は有機塩素系化合物の使用からの寄与が大きい

 私どもは関東地域の水系(東京湾と霞ヶ浦流域)でそこの堆積物中に蓄積されているダイオキシン類の組成からそれらの由来を統計解析し、過去に水田除草剤として使用されたペンタクロロフェノール(PCP)やクロロニトロフェン(CNP)に不純物として含まれたダイオキシンの寄与が大きいことを指摘した(Masunaga et al.: Vol. 39, p. 81)。KjellerVol. 39, p. 281も年代の特定された堆積物や牧草などのサンプルのダイオキシン組成から、PCP由来のダイオキシン類の寄与がこれまで過小評価されてきたのではないかと指摘している。

 

ダイオキシンと塩素は関係があるか

 ダイオキシンと塩素や塩化ビニルとの関係は引き続き議論の多いテーマである。Rigo (Vol. 36, p.261)はダイオキシンの放出と排ガス中塩素濃度との関係を測定の不正確さも取り入れて解析を行った。その結果、実際の条件では焼却炉には塩素がダイオキシンの生成に必要量以上に存在し、他の条件がダイオキシン生成量を決めていると結論している。Wikstrom & MarklundVol. 36, p.347は塩素源の種類と濃度が都市ごみ焼却炉でのダイオキシン類生成に与える影響を検討し、燃焼条件の方が塩素含量より大きな影響を与えること、正常な運転状態では、七塩素と八塩素のダイオキシンとフランはごみの総塩素含量と正の相関があったこと、および、塩化ビニルと食塩でダイオキシン類の生成に有意な違いは見られなかったとしている。

 

有機ハロゲン化合物による汚染のトレンド

−ダイオキシンやPCBによる汚染は低減しているが新しい汚染が進行−

 今回の会議の中で最も注目すべき報告の一つは、スウェーデンの母乳中化学物質濃度の経年変化に関するものであった(Noren & Meironyte: Vol. 38, p.1)ストックホルム地域に済むスウェーデン人の母親1020人の母乳の等量混合サンプル(19721997年に採取され保存されていた)が分析対象である。DDT、DDE、ポリ塩化ナフタレン(PCN)、PCB、ヘキサクロロベンゼン(HCB)、メチルスフォニルPCB(MeSO2-PCB)、及び、ダイオキシン類とPCBによるTEQは何れも一次近似できる曲線に沿って減少している。減少の度合いは、農薬類で速く、PCBやTEQで遅い。PCBは異性体によって減少の速度が違った(例えば、総−PCBの半減期として14年であったのに対し、CB-11811年、CB-15317年であった)。これに対して、難燃剤のポリ臭化ジフェニールエーテル(PBDE)は指数的に濃度が増加している。対策がとられた化合物とそうでない化合物の違いがはっきりと出ている。

 Kiviranta et al. (Vol. 38, p.121)19871992-94年のフィンランドの母乳中ダイオキシンとフランによるTEQとPCB−TEQを比較した。結果は、表−1の通りで、両方のTEQ共にかなり低下しているが、PCBの方がより減少が大きいことが分かった。食品のデータはないので原因は明確でない。

 

    表−1 フィンランドの母乳中のダイオキシン類とPCB
 
  

pg/g fat

都市1987
(n=47)
都市1992-94
(n=14)
田舎1987
n=37
田舎1992-94
n=28
PCDD/F TEQ
26.3±11.9
19.9±7.42
20.1±6.54
13.6±4.57
PCB TEQ
37.0±25.1
18.5±7.48
26.5±10.0
11.6±5.03
 

 Wittsiepe et al. (Vol. 38, p. 211)はドイツ人の血中ダイオキシン濃度の1991年から1996年の変化を調べた。その結果、ダイオキシン類によるTEQは明確な減少傾向を示し、この間にほぼ半減していた(約4020 pg-TEQ/g lipid)。また、加齢による濃度上昇が観察された。

 動物における経年変化としては、スウェーデンの雄牛の脂肪組織中有機塩素化合物が報告された(Glynn et al.: Vol. 38, p. 203)。19911997年の間で、PCB異性体(CB153)は変動が大きく傾向がはっきりしないが、HCB、α―HCHは比較的はっきりした減少傾向、p,p-DDTは変動があって微妙だがいくぶん減少傾向が見られている。Odsjo et al. (Vol. 39, p. 351)は北ウェーデンにおけるトナカイの筋肉中のα−HCH、γ−HCH、HCBの経年変化を調べ、19831995年で明確な減少傾向を認めている。

 

環境中挙動研究では大気から食物への移行が課題

 環境挙動で目立った研究は大気から植物、あるいは、食物への汚染物の移行であった。Tojo et al. (Vol. 36, p. 401)は葉と大気のダイオキシン濃度が相関していることを示した。Thomas et al. (Vol. 36, p. 393)はPCBの大気から牛乳への移行を大気−草スカベンジング係数と牛の飼料−ミルク・トランスファー(BCF)とから大気−ミルクのトランスファー係数として求められるとした。3つの大気から葉への移行モデルをダイオキシンに関して比較した研究では、気相と粒子相を個別にモデル化するEPAのモデルが、スカベンジング・モデルや気相沈着モデルより実際と一致した(Lorber & Pinsky: Vol. 36, p. 405)PCBに関する経験的平行分配モデルとスカベンジング・モデルの比較では、前者が十分な精度で予測出来たのに対し、後者は三塩化と四塩化PCBに関する予測が不正確であった(Currado & Harrad: Vol. 36, p. 463)。

 

人のダイオキシン類曝露の研究

ベトナム戦争での曝露  ベトナム戦争での枯葉剤の散布によるダイオキシン曝露と影響は、依然として全貌がつかめていない。Schecter et al. (Vol.38, p. 171)はベトナム人とアメリカ人ベトナム退役軍人の精液と血中のダイオキシン類濃度を測定した。結果は表−2表−3で、ベトナムでは中、南部でが北部に比べて血中濃度が高く、しかも、2378-TCDDの寄与が大きい。このことは枯葉剤の影響がまだ残っていること示唆する。ベトナムでは精液中の2378-TCDDも高く、精液まで汚染が及んでいることが示された。

 

表−2 血液中ダイオキシン類濃度(pg TEQ/g lipid30-50人のpool試料)
  採取年
PCDDs (2378-TCDD) PCDFs PCDD/Fs
北ベトナム 1991 82 6.9 ( 2.2) 8.4 15.3
中央ベトナム 1991 183 30.2 (13.2) 19.8 50.0
南ベトナム 1991 483 22.7 (12.9) 8.6 31.3
USA (Michigan) 1991/92 50 19.5 ( 3.8) 7.1 26.6
 
表−3 精液中ダイオキシン類濃度(TEQ ppq wet basepool試料)
  採取年 PCDDs (2378-TCDD) PCDFs PCDD/Fs
ベトナム 1994 97 11.4 ( 7.6) 2.2 13.6
USA (Michigan) 1991/92 17 9.9 ( 2.8) 3.2 13.1
 

汚染源がなくなった後の回復  ドイツのIlsenburgは銅プラントによりダイオキシン類に汚染されたことが分かっている。1990/91年に9人の母親の母乳を分析したところ、平均59 pg TEQ/g fatで、同じ時期に西ドイツで集められた728サンプルの平均レベルの31倍であった。銅プラント操業は1990年に止まった。1997年に10人の母乳を調べたところ、平均は41pg/g fatでそれ程顕著な低下は見られなかった(Abraham, et al.: Vol. 38, p. 33)。英国の塩素化フェノール廃棄物焼却施設の周辺の土壌を1991年の閉鎖後、1992年と1997年に調査した。全体として1992年と1997年でダイオキシン類の同族体、及び、コンジェナー濃度に変化は見られず、残留性の高いことが確認された(Hardell & Eriksson: Vol. 38, p. 257

思わぬ曝露の発見  近年ドイツの牛乳のダイオキシン類汚染は低下傾向にあった。ところが、時にひどく汚染したものが見つかるようになった。原因は飼料中のひどくダイオキシンで汚染された柑橘類果肉(citrus pulp)と判明した。これはブラジル産で、汚染の原因は不明であるが、特徴的コンジェナー・パタンを有していた(Rainer: Vol.38, p. 65。このようなことが分かるのは、常に多数の試料のモニタリングを組織的に行っているからであろう。

曝露に関する豆知識  食品の加工におけるダイオキシンの変化に関する研究では、ハムはスモークされることでダイオキシンが増加するとの結果であったMayer: Vol. 38, p. 139。調理での変化では、ジャガイモの生と調理後でダイオキシン類は1桁以上増え、その原因はラードを調理に使ったためと推定された(Schecter & Papke: Vol. 38, p. 183)。完全なベジタリアンと一般人の血液中ダイオキシンとコプラナーPCB濃度の比較では、ベジタリアンは一般人よりかなり低いことが分かった(Schecter & Papke: Vol. 38, p. 179)。

 

PCBとその代謝物の毒性

 今回の会議ではPCBの神経系への影響を動物実験で報告した論文が目立ち、学習能力や行動への影響が示唆されている(Seegal et al.: Vol. 37, p. 1; Mariussen et al.: Vol. 37, p. 5; Kodavanti et al.: Vol. 37, p. 9; Holene et al.: Vol. 37 p. 29, Eriksson & Fredriksson: Vol. 37, p. 117)。また、PCBの代謝産物の影響に関する研究も多く、PCBの水酸化物が甲状腺ホルモンの受容体と結合するなどして、甲状腺ホルモン系に影響を与えることが報告された(Brouwer: Vol. 37, p. 225; Sinjari et al.: Vol. 37, p. 241; Schuur et al.: Vol. 37, p. 249)。さらに、PCBのメチルスルフォニル(MeSO2)代謝物も同じように甲状腺ホルモン系に影響することが分かってきた。ラットではPCBの3-4-MeSO2代謝物は血清中甲状腺ホルモンレベルを低下させた(Kato et al.: Vol. 37, p. 245)。クジラ目の動物における研究では(Troisi et al.: Vol. 39, p. 21PCBに対して1/21/100の濃度のMeSO2代謝物が皮下脂肪層から検出された。種によってこの比率が違い、種による代謝力の違いが原因と考えられた。ハイイロアザラシの研究では皮下脂肪、肝臓、肺でMeSO2-PCBとMeSO2-DDEの組成はかなり異なり、器官別の違いもあることが示唆された(Janak et al.: Vol. 39, p. 35

 

2,3,7,8-TCDDと子宮内膜症

 女性に子宮内膜症が増えており、その原因にダイオキシン類が疑われている。Yang & FosterVol. 37, p. 75)は2378-TCDDへの慢性曝露がカニクイザル(cynomolgus monkey, Macaca fascicularies)の子宮内膜症の進行に与える影響を調べた。23匹のカニクイザルに、月経サイクルの1214日に子宮内膜症を外科的に誘導し、01525 pptのTCDDの曝露を手術の1か月後から受けさせた。そして、13、6、12か月後に検査した。その結果、525 pptへの1年間の曝露は子宮内膜症の病変の有意な残留を引き起こした(それぞれ、26.7%33.3%に対し、コントロール群では16.0%)。さらに、子宮内膜症の病変の大きさも25 pptではコントロールより大きかった(14.5±3.2 mmに対し11.4±1.6 mm)。しかし、1 pptでは病変はかえって小さかった。(4.2±0.9 mmに対し11.4±1.6 mm)。しかし、病変の残留には影響しなかった(20%対16%)。以上より、2378-TCDDは子宮内膜症の進行に対して、二相の影響を持つらしい。すなわち、高曝露では子宮内膜症の残留と進行を促進、低曝露では進行を阻害。

 

長山らによる乳児の甲状腺ホルモン系やリンパ球への影響に関する研究

−母乳中ダイオキシン類と赤ちゃんの甲状腺ホルモンTとの関係は得られず−

 長山らは今回の会議で5つの発表を行った。過去に発表したデータに追加のデ−タを加えて再解析したものである。ベースになっているのは124人の母親とその乳児について、母親の母乳中の有機塩素系化合物濃度(産後2〜4ヶ月後)と乳児(生後約1年)の血液中の甲状腺ホルモン系とリンパ球について調べたものである(124組全てについてデータが揃っているわけではない)。分析データに用いられたデータをまとめる表−4表−5になる。

 

表−4 解析に用いられた説明変数:母乳中の汚染物質濃度
 
独立変数
試料数
母乳中濃度(ppb wet base
母乳中濃度 (ppb fat base)
備  考
平均±標準偏差
中央値(範囲)
平均±標準偏差
中央値(範囲)
β-HCH
124
17 ±1.3 11.7 (0.794.1) 419 ±27 334 (391229)  
Dieldrin
124
0.17±0.02 0.14 (ND1.04) 4.3± 0.4 3.0 (ND27) 61%ND
DDT
124
13.9 ±1.04 11.2 (1.0361.4) 347 ± 23 286 (521348) p,p-DDEpp-DDT
HCE
124
0.18±0.02 0.13 (ND1.39) 4.5± 0.4 3.0 (ND23) 37%ND
Chlordane
124
3.22±0.23 2.69 (0.3314.5) 82 ± 5.5 68 (10454)  
PCB
124
3.84 (1.0020.9)
110.4 (19.8545) Total PCB
TEQ*
124
0.94 (0.152.92)*
22.6 (3.448.5)* (PCDD/F+PCB)-TEQ
* TEQのみ単位はppt

 

表−5 解析に用いられた目的変数:幼児の血液中のリンパ球と血清中の甲状腺ホルモンレベル
 
従属変数
試料数
中央値
範 囲
リンパ球 CD3+ (%)
93
60.4
31.276.6
CD4+ (%)
93
39.6
15.761.7
CD8+ (%)
93
19.1
10.641.2
CD4+CD8(%)
93
0.5
0.12.1
CD16+(%)
93
8.6
1.725.4
CD20+(%)
93
21.7
5.556.2
HLA−DR+(%)
93
25.6
8.262.1
CD4+/CD8+
93
2.08
0.624.52
甲状腺 

ホルモン

(ng/ml)
101
1.99
1.002.50
(μg/dl)
101
11.3
7.716.7
TSH (μU/ml)
101
2.58
0.568.51
TGB (μg/ml)
101
25.3
17.239.6
 

TEQ−リンパ球  93組の母親と乳児について母乳中のダイオキシン類とコプラナーPCBによるTEQと乳児の血液中リンパ球(CD3+、CD4+、CD8+、CD16+、CD20+、HLA−DR+)との関係をスピアマンの順位相関係数(Spearman rank correlation)を用いて解析したが、有意な結果は得られなかった(Nagayama et al.: Vol. 37, p. 151)。既報で著者らは、少ないデータに対してピアソンの相関係数(Pearson correlation)で解析し、TEQはCD8+の比率、及び、CD4+/CD8+比とそれぞれ、負と正の相関を示したと報告している(Nagayama et al.: Vol. 30, 228-233, 1996; Nagayama et al.: Vol. 33, p. 440, 1997)。より厳密な今回の統計解析では有意な結果は得られなかったわけである。

農薬類−リンパ球  母乳中のβ−HCH、ディルドリン、DDT(=p,p-DDE+pp-DDT、他のコンジェナーは検出されず)、heptachlor-epoxide (HCE)、クロルデン濃度と乳児のリンパ球の関係を検討。ディルドリンとHCEは検出限界以下のサンプルが多いので解析しなかった。スピアマンの順位相関係数による統計解析の結果、DDTとCD4+は負の相関、DDTとCD20+は正の相関がそれぞれp<0.10p<0.05で得られた。また、クロルデンとCD3+とのが正の相関(p<0.10)であった(Nagayama et al.: Vol. 37, p. p.157。既報で著者らは、少ないデータ数に対する解析で、摂取量換算DDTとCD3+、CD4+、摂取量換算ディルドリンとCD3+との間の有意な関係を認めていた(Nagayama et al: Vol. 33, p. 451, 1997)。既報と今回の結果は一致していない。

PCB−リンパ球・甲状腺ホルモン  93組の母親と乳児について母乳中のPCBと乳児のリンパ球および甲状腺ホルモン(T、T、TSH、TGB)との関係を調べた。スピアマンの順位相関係数による統計解析の結果、有意な関係は認められなかった(p<0.1)(Nagayama et al.: Vol. 37, p.163)。

農薬類−甲状腺ホルモン  97組の母親と乳児について母乳の農薬類と乳児の甲状腺ホルモンとの関係を解析した。スピアマンの順位相関係数による解析結果、有意な関係がDDTとTとの間で負の相関(p<0.05)、DDTとTSHの間で正の相関(p<0.05)が見られた(Nagayama et al.: Vol. 37, p. 235。母乳中農薬濃度は、1990-92年の測定に比べて、今回(1994-96)は2〜6分の一に減少していた。

TEQ−甲状腺ホルモン  101組の母親と乳児ついて母乳中のTEQと乳児の血液中甲状腺ホルモンレベルの関係を調べた。スピアマンの順位相関係数解析の結果、TEQとTSHの間で有意な正の相関が見られた(P=0.05)(Nagayama et al.: Vol. 37, p. 313。既報で著者らは、TEQ(乳児の摂取量に換算)とTとの負の相関も報告している(ピアソンの相関係数)が(Nagayama et al.: Vol. 33, p.446, 1997)、今回は有意になっていない。

 長山らの発表は以上の様であるが、今回はデータ数が増えたことによって有意となる変数の組合せが過去の結論とは変わっている。結局のところ今回の結論も更なるデータの追加で否定される可能性がある。そのくらい統計的に有意か否かの境界程度の相関だと言うことである。元々、母乳と乳児の健康パラメータとの相関解析自体に無理があるのではなかろうか。母乳中の濃度は必ずしも乳児の曝露量の代替変数として妥当とは限らない。その意味で、会議でも指摘された様に、少なくとも乳児の血液中濃度との間で解析される必要があると言えよう。分析に必要な量の血液採取が困難であるから実行不可能かもしれないが。もう一つ今回の発表の問題点は有機塩素化合物相互の相関性について何も述べていない点である。このような解析の場合、説明変数間に相関が無いかについて検討は不可欠である。

 一般に疫学データの信頼性を評価する場合、時間的経過、暴露の程度、関係の強さ、一貫性(他の条件でも同じ結果が得られているか)、特異性(因果関係がユニークか)、及び、生物学的妥当性を検討する。今回の場合、曝露については母乳濃度が必ずしも曝露量と対応していない可能性がある。関係の強さは弱い。一貫性のあるデータがまだ他で得られていない。特異的な影響と考えられない。という事になり、結果の信頼性を十分保証できるレベルに達していないように思われる。ここで取り上げられている変数の組み合わせは説明変数(有機塩素化合物)が4つ(6つの内2つは解析されていない)、目的変数(甲状腺ホルモン系とリンパ球)が10以上である。組み合わせ数は40通り以上であり、何ら因果関係がなかったとしても有意水準p<0.10で判定すれば、いくつかの組み合わせで有意の結果がでても不思議でない。

 著者らが既報において発表した結論は、現在の汚染レベルで、胎内と母乳による母親から赤ちゃんへのダイオキシン類(TEQ)の移行が赤ちゃんの甲状腺ホルモン系に影響を与えている根拠としてあらゆるところに引用され、母乳保育への不安をかき立ててきている。根拠はまだ薄弱であることは改めて広く知らせる必要があろう。

 

新しい汚染物質−ポリ臭素化ジフェニルエーテル類

 臭素化難燃剤による生物汚染の状況が次第に明らかになってきた。1972年から1997年にかけての母乳中PBDE濃度の上昇(Meironyte et al.: Vol. 35, p.387)、母乳中PBDE濃度の頻度分布(Darnerud et al.: Vol. 35, p.411)、クジラにおける汚染状況(Boer et al.: Vol. 35, p. 383)などが報告された。それらの毒性も調べられている。脳の発達期おける曝露がマウスの行動異常や学習能力の低下として報告されていた(Eriksson et al.: Vol. 35p. 375)。これはPCBと似た影響である。疫学調査では、人の脂肪組織中の2,2,4,4-tetrabrominated diphenyl ether濃度とnon-Hpdgkens リンパ種との関係が示唆された(Lindstrom et al: Vol. 35, p. 431)。また、PBDEの水酸化された代謝産物は甲状腺ホルモン攪乱物質である可能性が示唆された(Marsh et al.: Vol. 37, p. 305; Meerts et al.: Vol. 37, p. 309)。

 

疫学研究

 疫学調査では説明変数相互の関係性の面から、有機塩素化合物相互の関係は興味深い。Longnecker et al.Vol. 38, p. 17はカナダの一般人の献血者(女33人+男30人、年齢=1767才、平均45才)について表−6の項目について測定し、これらの濃度間のピアソン相関係数は全て0.5以上であり、相互に関係していることを指摘した。

 

表−6 献血者における血液中ダイオキシンとPCB濃度(63人)
 
総重量 (pg/g lipid)
median (1/4値〜3/4)
TEQ (pg/g lipid)
median (1/4値〜3/4)
mono- & di-ortho PCBs 260.9x103 (203.2342.4) 10.15 (7.6113.48)
non-ortho PCBs 98.6 (74.7138.6) 3.31 (2.196.04)
PCDDs 776.9 (512.91035.5) 14.4 (10.817.9)
PCDFs 35.9 (26.942.7) 5.89 (4.297.40)
Total TEQ  − 34.9 (26.143.0)
 

 バルチック海は汚染が進行している。Sjodin et al.Vol. 37, p. 229はバルチック海の魚を食べている男の成人で血漿中のPCB、DDT、HCB、PCP、DDE濃度と血清中のホルモンレベル(FSH、LH、プロラクチン、TSH、遊離T、総T、遊離T、総T、遊離テストステロン)との関係を調べた。弱い関係が見られる組合せがあるが、全体として、男の成人では、汚染魚の摂取から脳下垂体、甲状腺、テストステロンなどのホルモン状態を乱していることはなさそうと結論している。スウェーデンの東岸はバルチック海に面し、西岸より汚染された魚を食べていると考えられる。東岸と西岸の漁師の奥さんで比較したところ、最初の計画妊娠成功までの期間が東岸で長くなる傾向が見られたが、不妊とは無関係であった(Axmon et al.: Vol. 38, p. 227)。また、赤ちゃんの出生時の体重については東岸の方が僅かに軽いことがわかった(Rylander et al.: Vol. 38, p. 275)。

 アムステルダムのZeeburg地区では19611994年に化学物質の野外焼却が行われた。この期間におけるこの地域の口唇裂(みつくち)の出生事例が増加しており、Tusscher et al. Vol. 37, p. 337は焼却からのダイオキシン関連物質の影響の可能性を指摘している。

 米国ではベトナム戦争で使われた枯葉剤が従軍兵士に与えた影響についてしばしば調査されてきたが、すべて男性に関するものであった。ところが、ベトナム従軍看護婦もまた健康問題を抱えているようである。今回の調査ではがんと診断された割合が対象群に対して3.25倍高く、流産、卵管妊娠、死産、赤ちゃんの1才までの死亡などの訴えも多いという(Schwartz: Vol. 38, p. 215)。彼女らは野戦病院の周囲に大量に散布された枯葉剤に曝露された可能性が強く、曝露調査と合わせた解析が待たれる。

 

生態影響

 生態リスク評価の研究は多くなかった。米国、メイン州、Casco湾(Wenning et al.: Vol. 39, p. 63)とイタリアのベニスラグーン(Wenning et al.: Vol. 39, p. 67)で、堆積物や魚の汚染から食物連鎖モデルにより魚食性の鳥やほ乳類の摂取量や体内蓄積量を推定し、TRV(toxicological reference value)との比較が行なわれた。平均日摂取量ではTRVを越えるものがあったが、体内蓄積量では越えなかった。

 

リスク評価と管理

 ダイオキシン類のリスク評価に関するは、その重要性にも係わらず少なかった。その中でオランダ政府の取り組みが目立った。オランダの母乳からの曝露の評価では、生後6ヶ月までの母乳からの曝露量(ダイオキシン類+PCB)は25歳までの食物からの総暴露量の1214%に相当し、必ずしも寄与は大きくないとしている。そして、むしろ胎内暴露が問題なので、母乳保育を止めるように指導するより、すべての世代のダイオキシン曝露量を減らす努力が必要だと結論している(Patandin et al.: Vol. 38, p. 214A。さらに、Cuijpers et al. (Vol. 38, p. 59) はオランダの現状を紹介し、食物からの摂取量は1990/91年から1994-96年の間に、食生活のパタンの変化により15%、汚染の減少により40%低下し、1.22.4 pg TEQ/kg/d (PCDD/Fs + PCB)になったと推定している。そして、現在の汚染レベルでの人の健康リスクに関する疫学研究をレビューし、生後の母乳からの摂取による神経と精神への影響は確信できるレベルでは示されておらず、また、胎児での曝露については結論できないとしている。そして、明確な暴露−影響関係が得られていないので、現在のところ定量的なリスクの計算はできないと結論している。また、政府提案のリスクマネージメントに関する報告の主要な結論は以下のようである。@ダイオキシン類の放出は既に減った。これ以上の対策はコスト−効果に基づいて実施する。Aオランダでの暴露への外国からの放出源の寄与は6881%である。B政府は当面、耐用一日摂取量として10 pg TEQ/kg/dPCDD/FPCB)を維持するが、1 pg TEQ/kg/dを目指す。CWHOの再評価、暴露と体内負荷の新しいデータ、将来のモデル予測を考慮して、1999年にこの立場を見直す。

 カナダで塩素工業を止めたときの影響を評価。代替品はあるがコストは上昇し、代替コストは1993年のGDPの1%以下で済むと推定された(Muir et al.: Vol.38, p. 331)。

 

WHOの耐用一日摂取量(TDI)の改訂

 最後にWHOのTDI改訂に関する発表について紹介する(Rolaf van Leeuwen: Vol. 38, p. 295)。改訂の基礎となった考え方は、

・標的臓器での濃度が適切な用量の単位であるが、各臓器の濃度は関係しているので体内蓄積量(body burden)を用いる。

・ダイオキシン類とnon-ortho-mono-ortho PCBに対するTEQを用いる。

・動物では最も感受性の高いエンドポイントで、悪影響は体内蓄積量として1050 ng/kg bwで観察された。この値に対応する人の摂取量は1040 pg/kg/dayである。この換算には下式を用いる。

  体内蓄積量(ng/kg)= 一日摂取量(ng/kg/d)× 1/2ln 2 × f

    ただし、T1/2:体内半減期(d)。 例えば、7.5年。
        f:吸収率。例えば、50%程度を使う。

・体内蓄積量を用いたので種間外挿に不確実性ファクターは不必要と判断した。しかし、推定した人の摂取量は最小悪影響レベル(LOAEL)であって、最大無影響レベル(NOAEL)ではないこと。加えて、多くのパラメータについて人は動物より感受性が低いことが分かっているが、それでも動物と人との感受性の違いに関して不確実性が残ること。更に、TEQを構成する各成分により排泄の半減期に違いがあること。以上の不確実性を考慮して、それらを合わせた不確実性ファクターとして10を推奨する。

 以上の前提から、人のTDIは14 pg TEQ/kg/dとなる。先進国の現状のバックグランドレベルのダイオキシンとダイオキシン様物質への曝露により、すでに一般人に僅かな影響が起こっているかもしれないことを認識する。したがって、この範囲の出来るだけ下限まで下げるすべての努力がなされるよう勧告する。

 長くなったが、まとめるとWHOはこれまでの「摂取量」で実験動物から人への換算をするやり方から、「単位体重当たりの体内蓄積量」という用量単位で動物から人への外挿するやり方に変えたわけである。これは、実験動物と人でのダイオキシン類の体内半減期が大きく違うことを考慮すると妥当な考え方と言えよう。これを用いることで種間外挿の不確実性ファクターも不必要と判断しつつ、それでも10の不確実性ファクターを用いてTDIを決めている。しかし、人の個人差については考慮されていない。また、既に現在のバックグランドレベルの汚染で人への影響がでているかもしれないとの認識して、暴露を提示したTDIの最小のレベル(1 pg/kg/d)に下げるためすべての努力(every effort)をすることを勧告しているが、この言い方はダイオキシンだけに注目し、他のことには目を向けていないとの印象を受ける。人の健康への脅威はダイオキシンだけではなく、ダイオキシン対策に過大な資源とエネルギーを消費することは他の環境問題を引き起こす可能性があることからすれば、オランダ政府の報告書にあった「これ以上の対策はコスト−効果に基づいて実施する」との考え方のが妥当であろう。

 

最終日の全体会議で

 最終日には会議のハイライトを紹介する全体会議が催された。この紹介文で取り上げた内容のいくつかが議論に登った。また、「安全と証明されるまでは有罪とする症候群(guilty until proven innocent syndrome)」とか「災害が間近であると絶えずふれ回る症候群(chicken-little syndrome)」というような言葉もでてきた。これに科学はどう答えていけるのだろうか。

 今回も会議では多くの毒性に関する報告がなされた。私もそれを見聞きしているとどんどん化学物質の危ない面だけ頭の中に拡大していく気分がした。ジャーナリズストは影響が観察された事例をどんどん列挙して報道し、警告を発するのは自分たちの使命だと主張する。こうして、影響がでた実験結果ばかりが知らされるが、実験した濃度は実際に起こる様な濃度なのかとか、ホルモンレベルが変わるという影響は見られたが、それが本当に問題にすべき悪影響なのかといったことまではなかなか解説されない。もちろん分からないことが多いのだが、それでもより広い観点からの評価をしつつ発言することが科学者に求められているのではないだろうか。最初に書いたように会議においてリスク評価に立ち入った発表はあまりに少なかったのである。