20.−2003.04.09「研究室が変わる時期」

中西・益永・中井研究室からは博士2名、修士6名の修了生を送り出し、そして、4月からPD1名、博士2名と修士14名の新入を受け入れました。
 特に博士の学生は研究室に長く居られて、研究室でそれなりの役割を担い、また、大きな貢献をして来ました。今、その重しが取り払われ、後輩の在校生がそれらを引き継ぐことになります。そこには、新しい発展の可能性がある一方、一つの危機でもあります。このように毎年変化の中にあることが大学の特徴であり、そのエネルギーの原点だと思います。今年もこの特徴を是非生かして行きたいものです。教官も最初が肝心と引き締めて行かねばなりません。
 
 さて、これだけ多くの新入生を受け入れたことは研究室創立以来はじめてです。このため、3月末から4月初めに、院生用の机やスペースの確保、引っ越し、コンピュータなどの更新と大変慌ただしい状態が続いています。そろそろ落ち着いてきて、新学期の講義がはじまり、そして、学生個人の研究テーマの相談へと入っていきます。新入生の全員の希望を叶えられるといいのですが。

19.−2003.03.20「最も大規模な人の化学物質曝露調査」

今年の1月末に米国のCenter for Disease Control (CDC)がこれまでで最も大規模なアメリカ人を対象にした環境汚染物質の曝露実態調査結果を発表した(Second National Report on Human Exposure to Environmental Chemicals)。 CDCは既に2年前に27の化合物に関した調査結果を発表しているが、今回は1999から2000年に採取された約2500人の米国人の血液と尿を対象にして、116種の化合物が分析された(分析検体数は化合物によって異なる)。年齢、男女、人種などの階層別結果も示されている。調査費用は650万ドルだという。
 化合物が人体から検出されたからと言って、直ちに問題ではないということが強調され、また、報告書の初めには、評価は影響に関する他の情報とあわせて判断するようにと毒性情報の所在に関するWebの紹介がある。リスク評価はこの報告の範囲を超えたものと言うことのようだ。しかし、実態が明らかになることで、暴露が本当に起こっていることが確認でき、今後さらに調査すべき課題の存在が明らかになる。また、年齢や人種による階層べつのデータは曝露経路や影響を受けやすい集団に関する情報を提供してくれる。
 測定された化学物質は、
   金属                                                                     13種
   水酸化多環芳香族(PAHの代謝物)                            14種
   タバコ関連の代謝物                                                  1種
   フタール酸モノエステル(フタール酸ジエステルの代謝物) 7種
   植物エストロゲン                               6種
   ダイオキシン類(PCDDs、PCDFs、co-PCB)          18種
   PCB                                        22種
   ジアルキルリン酸(有機リン系農薬の代謝物)         6種
   特殊な有機リン系農薬の代謝物                  4種
   有機塩素系農薬とその代謝物                  16種
   カーバメート系農薬の代謝物                     3種
   除草剤とその代謝物                           5種
   害虫駆除剤、殺菌剤とその代謝物                4種
となっている。しかし、水酸化PAH、ダイオキシン類、PCBなどではかなりの数の物質が定量限界以下のサンプルが大半を占め、116化合物測定したと言っても濃度分布が明らかになった物質は多くない。そういう意味では、116化合物を測定というのは少し過大広告的である。
中身を見よう。例えば、鉛に関する結果では、血液レベルは1991〜1994年の1〜5歳の調査では4.4%が10μg/dLを超えていたのが、今回は2.2%に低下している。しかし、まだ安心できない状況であることも分かったとしている。
尿中のフタール酸モノエステルでは、モノエチルフタール酸が子どもより大人で高く、モノ-2-エチルヘキシルフタール酸が子どもで高いなど、それらの親化合物であるフタール酸ジエステルの摂取量が年齢で異なっていることが示唆された。このように、年齢で異なる結果を得ている化合物は他にもある。この場合は、一方が化粧品、他方が子供用おもちゃなどの可塑剤で使われていることが影響していると見られている。
 さて、このレポートに対する反響、
・こんなことにお金を使うより、既に分かっているリスクに対処すべき。
・今後研究をすべき対象化合物や集団を特定するために意義がある。
・分析技術が進歩しており、低濃度の化学物質が人体に存在したからと言って直ちに問題ではない。
・EPAは新規化合物の80%の使用を健康安全性データなしに承認しており、さらなるモニタリングが必要。
・製造企業は毒性影響に関するデータを公開すべき。
 などがあるという。

 環境ホルモンで世論が盛り上がった頃、わが国の政府は環境媒体のモニタリングに多大な予算を使った。環境汚染実態が明らかになったり、発生源の把握につながったりした面はあるが、それまでだった。これに対し、米国のこの大規模な調査は、より本質に迫った曝露実態を把握できるという点、また、さらなる調査の必要性に関する情報を与える点で、評価できるのではないだろうか。CDCは他の化合物へ広げながら、このような調査を2年ごとに行う計画だと言う。

参考にした記事:Chemical & Engineering News, 2003年2月10日号8頁、2003年3月3日号33頁。
CDCのレポートの入手先:http://www.cdc.gov/exposurereport/

   (本研究室の皆さんへ:報告書は、約250頁です。印刷したものは106号室に置いておきます。)

 

18.−2003.03.13「飛行機の遅れによる損害は誰が負担するのか」

先週、水環境学会に行ったことは書いた通り。私は月曜日の夕方の便で羽田から熊本に飛んだが、当日は羽田空港付近は雷雨で飛行機の着便が遅れていたようだ。このため、私の乗った飛行機も使う機体の到着が遅れているとのアナウンスで30分程度遅れて出発した。
 他の便も遅れている様子で、ある便の乗客には、食事券1000円分を配布されるので取りに来るようにというアナウンスがあった。航空会社は天候による遅れで、自分が原因の故障などでもないのに、こんな負担をさせられるわけだ。
 ちなみに、予約の便が天候の関係でキャンセルになったとか、乗っていた飛行機が遅れて乗り継ぎ便に間に合わなかったということで、航空会社の負担で空港近くに泊まった経験が私には2回ある(何れも米国で)。
 こんなことを考えていたら、この直前にあった航空管制システムの更新の際に起こった日本全国の空の交通の大混乱のニュースを思い出した。あのときは、航空各社は食事券だけではすまないような負担を強いられただろうと想像する。管制は国土交通省の責任だろう。後日の新聞に、扇国土交通大臣の今後このようなことの起きないようにしたいという発言の記事が小さく出ていた。どうも補償があるようではない。国土交通省が航空会社や乗客になんらかの補償をしなくてすませられるのはどうしてだろうか? このような航空交通における責任関係がどうなっているかだれか教えて欲しいものだ。

17.−2003.03.05「(2003.3.13掲載)水環境学会年会からの報告」

今週は熊本県立大学で開催中の水環境学会に来ています。熊本県立大学は比較的新しい大学で、会場はきれいだ。しかし、交通は熊本の中心部からバスで40分程度はかかり、ちょっと不便なのが難点。600件を超える発表が8会場とポスターで行われている。(これを書いているのは3月5日、学会の2日目)。
 以下は私の感想(個人的な興味から偏った見解になっている可能性あり)。全体としては目立ったとか、大きく変わったという感じは受けなかった。全体の半分近くを処理に関係する発表が占めているのもこれまでと変わりないだろう。その中では、生物処理で微生物相解析に遺伝子解析(PCRとDGGEなど)の手法を用いるものが増えているようだ。しかし、生物相に対してはっきりした結論を導き出せるまでにはまだ至っていない段階のように見受けられた。野外調査研究に関するものも多いが、個別の調査事例の報告に止まり、手法としての展開の点で弱い感じを受けた。また、一時は環境ホルモン関係の研究が多くなっていたが、数はそれほど多くなくなり、一段落してきた感がある。毒性評価・リスク評価では、多くのアッセイ手法などの報告があった。しかし、定量的リスク評価への展開を目指したものは少なかった。特に生態リスク評価は化学物質リスク管理研究センター(中西先生グループ)の2件(ノニルフェノールの魚類へのリスク)と当研究室の村田によるダイオキシンの野生鳥類へのリスク評価くらいで、少なかった。日本石鹸洗剤工業会からは界面活性剤の生態リスク評価と題する発表があったが、内容は曝露濃度の分布と水生生物の無影響濃度(NOAEL)を比較するもので、個体レベルの評価に止まっていた。化学物質評価研究機構からは、4-tert-ペンチルフェノールのメダカに対するパーシャルライフサイクル試験の結果の報告があった。用量反応関係(曝露濃度とオスで精巣卵や卵巣を持つ割合)はきれいにでていた。
 本研究室からは7件の発表をし、内6件は大学院生によるもの。PDの亀田による大気からの多環芳香族炭化水素の沈着量の研究、村田によるダイオキシンの野生鳥類に対する生態リスク評価の研究、小林による河川水中のダイオキシンの汚染原因を明らかにした研究(これまでに河川水での汚染源解析例はない)、清野によるヒトや家畜用医薬品の河川水中に存在に関する報告(これもわが国での報告例は非常に少ない)、古市と山崎による河川水と底質でのエストロゲン活性の原因を探った研究(河川水では人畜由来のエストロゲン物質の寄与が大きいことをほぼ明らかにしたが、底質でははっきりした結論は導けなかった)、Sunardiによる保存されていた過去の霞ヶ浦のエビ試料における有機塩素系農薬の濃度の変遷を調べたものである。
 今日の懇親会のあいさつで、若い人の発表が多いという肯定的な話があった。実際、学生・院生の発表が多かったが、玉石混淆の感もあり、誉められる側面だけでもない。しかし、良い意味での将来への刺激となるなら、若い人に機会が与えられこともよいだろう。(2003.3.5執筆)

16.−2003.02.19「地球温暖化と科学」

大学の同僚である伊藤公紀先生が「地球温暖化 埋まってきたジグソーパズル」(日本評論社、定価本体=1600円)というタイトルの本を書かれた。贈呈されたからというわけではないが、今週はその本を紹介させていただく。
 伊藤先生は地球温暖化を専門にして来られたわけではないが、環境科学を講義する際に地球温暖化の原因に関して自分でも正確に理解してからと(誠実さが分かる)調べていくうちに、現在の二酸化炭素を原因とする説はどうもおかしいのではないかと考えられるようになったということだ。同書は対話を通して、科学的な事実を丹念に紹介しており、専門でなくても理解しやすいのがありがたい。
 と言うわけで、本の中ではこれまでの地球温暖化に関する膨大な研究事例が順序よく紹介されている。そして、これらの結果が必ずしも二酸化炭素濃度が温暖化の原因であると示唆しているわけではないにも関わらず、ハンセンの発表したシミュレーションや論文が次々と孫引きされることで温暖化と二酸化炭素には因果関係があるというような認識が世間に広まっていったことを紹介する。ハンセンの主張は証言時の気候が暑かったことなど、社会的にも受容され易い環境にあったようだ。そして、科学的な事実は地球温暖化がむしろ太陽との関係にありそうだという結論へ導いて行く。
 我々は、まだ温暖化の本当の原因を知らない。しかし、温暖化現象に関するこれまでの科学論議を知った後では、以下の点に注意すべきことに気付く。
・その研究に直接関係している人は、狭い範囲から原因を探し、他の要因を見落とす可能性がある。あるいは、他の要因を過小評価したがる傾向がある。これは、研究費の獲得という観点からも陥りやすい。
・環境に関する啓蒙書は、真に科学的に書かれているのか。社会受けがいい観点、あるいは、定説だけを強調してはいないか注意すべきだ。
 こういったことに留意しながら環境問題を考えるべきだろう。伊藤先生が雑誌「科学」に「地球温暖化の新局面−太陽−気候相関のミシングリンク」という題の論文を掲載した際に、勇気があると言われたという。こんなことがいまだにあることは、情けないことだと言えよう。