大学の実験室安全、独立法人化、それに学生教育
大学はこれまで別扱いされてきたのだが、独立法人化により労働安全衛生法などの法規が適用されることになる。そのため、数次にわたり実験室などが法規に適合するかの調査が行われている。
先週は本研究室の全部の実験室をコンサルタントの方と大学の施設部の方に見ていただいた。チェックを受けた項目としては、ドラフトの風量(実際は風速)、換気、溶媒の取り扱い量、照明、ガス器具、オートクレーブ、高温になる装置類など。
法規が適用になれば、ドラフトの性能点検や、有機溶媒を使う部屋での環境測定が定期的に必要になるとのことである。環境測定は年2回、外注すれば一部屋5〜6万円かかるという。もっとも、当研究室ではVOCの測定は自前で可能であるが。いずれにしても大学もいい加減な管理では済まない時代に入る。。このためにはお金も労力もかかる。
今回来られたコンサルタントの方からは当研究室は大学の中では模範的だと褒められた。良かった点としては、
1.整理整頓がなされている。
2.薬品類が整理されて保管されている。
3.108実験室の卓上ドラフト(有機溶媒の揮発ガスが下方へ流れることを考慮して、低い位置に設置したドラフト)は他の研究室にはなかった。作業者の安全には効率の良い装置で、実験装置がよく考えられて設置されている。
4.耐震のための固定がなされている。
など、このような研究室で訓練を受けた学生は企業でもすぐ戦力になるでしょうとのコメントだった。
注意を受けた項目としては、有機溶媒と熱源(ガスの火やヒートガン)の同室での併用には注意が必要であることなど。
実験室安全の維持は職員と学生を含めた研究室メンバー全員の努力です。研究室の皆様に感謝します。
29.−2003.07.09「第12回環境化学討論会の報告」
6月25日〜27日に開催された環境化学討論会(新潟市、朱鷺メッセ)に参加したので、簡単に報告する。
1.依然としてダイオキシン類を対象とする報告が多い
ダイオキシン類に関する研究の集中もそろそろ一段落かと思ったが、そうでもなかった。高価な分析装置を導入して時間の経たない研究機関も多いのでまだ結果の発表が続くようだ。しかし、方向性は変わって来ている。新しい方向の一つは簡易分析と言える。その内容としては、分析の省力化、自動化、高分解能質量分析に代わるMS/MSの利用などによる機器分析コストの削減と、バイオアッセイによる代替法の開発に分かれる。二つ目は、ダイオキシン類似物質への展開である。臭素化難燃剤や臭素化ダイオキシンの環境や生物での存在・挙動についての情報が集積されつつある。また、国際的な残留性有機汚染物質(POPs)に対する規制の方向に対応して、関係の物質、PCB、農薬類(DDT、HCH、トキサフェン、エンドサルファンなど)に関する測定にも再び光が当たって来ている。さらに、低塩素化のダイオキシンやPCBの全異性体分析など、詳細な分析の引き続き追求されている。PCBの代謝物に関する報告も増えてきた。
私どもの研究室がここ数年積極的に研究を進めてきたダイオキシン類の同族・異性体組成情報に基づいた発生源解析に関連する報告も目立って来た。汚染された場所の浄化が課題になり、費用負担が現実の問題となって来ているので、この分野の研究は実用的な意味をもつことになろう。
2.LC/MS、LC/MS/MSによる分析の増加
分析方法で目立ってきたのは、液体クロマトグラフ−質量分析(LC/MSとLC/MS/MS)である。対象物質は、人のホルモン物質やノニルフェノールなどの内分泌攪乱作用が疑われる合成化学物質などである。操作性や感度が良くなっているので、今後も応用範囲が広まっていくと思われる。
3.いくつかの興味を引いた発表
食物連鎖によるPOPsの生物蓄積はこれまで主に水系において研究されてきた。安田ら(1)は陸上の野生生物(植物−無脊椎動物−魚類−両生類−は虫類−ほ乳類−鳥類)においてダイオキシン類の栄養段階における蓄積について比較的きれいな結果を得ている。陸上における研究はこれまで少なかったので注目される。
平田ら(2)はプラスチックどうしを摩擦することで、種々の揮発性化学物質(VOC)が発生することを報告した。これは、不燃ゴミの中継所において圧縮処理による機械的な摩擦により多様な化学物質が発生し得ることを示している。発生するVOCはプラスチックにより異なり、予想されないような物質が生成するようだ。注目すべき報告である。4.当研究室からの発表
当研究室からの発表は http://risk.kan.ynu.ac.jp/seika.htm をご覧下さい。
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(1) 安田他「東関東地域の野生動物におけるPOPsの濃度分布特性」第12回環境化学討論会講演要旨集 p.448-449.
(2) 平田他「プラスチックの摩擦による揮発性化学物質の発生」第12回環境化学討論会講演要旨集 p.534-535.
28.−2003.06.25「大学院環境情報研究院の教官公募中」
横浜国立大学大学院環境情報研究院では、教授1名(中西準子教授の後任)と助教授1名(土器屋正之教授の後任)の専任教官を公募中です。何れも環境情報研究院では自然科学と情報部門、環境管理学研究分野に所属し、大学院教育では、環境リスクマネジメント専攻リスクマネジメントコースを担当することになります。応募期限は8月4日です。
募集要領の詳細は以下をご覧下さい。教 授 :http://www.eis.ynu.ac.jp/natural/PubAdv2003/pub_adv_Prof.html
助教授:http://www.eis.ynu.ac.jp/natural/PubAdv2003/pub_adv_AssocProf.html
27.−2003.06.18「ノニルフェノール曝露に関するちょっとした論争」
Environmental Science & Technology (ES&T) 誌に掲載された論争を紹介する。
発端となったのはGuentherらによる"Endocrine Disrupting Nonylphenols are Ubiquitous in Food (ES&T Vol.36, p.1676-1680)=内分泌攪乱作用のあるノニルフェノールはどんな食品にも入っている"という標題の論文である。この論文ではドイツの多様な食品中のノニルフェノール(NP)を分析し、NPがどんな食品でも検出されること、その濃度が脂肪含量などと関係がないことを報告している。平均的な食事からの曝露量は一般人で7.5μg/日になるという。また、この論文では、詳細な分析ではNPの異性体がいくつか見られることが報告されている。
これに対して噛みついたのが、DegenとBoltで、これまたドイツの人(ES&T Vol.37, p. 2622-2623)。(1)表題がcatchy(受けそうな)で、食品中のNPが脅威であるような印象を与える。(2)発端の論文の著者らがNPが残留性で毒性があるように述べているが、NPはいわゆるPOPsなどとは違う。(3)この程度の曝露が問題かについて議論していない。以上のことが問題だとしている。(3)に関しては、ラットでの実験データなどから見ても、7.5μ/日はMargin of Safety = 無影響用量/推定曝露量 が数万になり、全く問題がない。また、もっと女性ホルモン作用の大きな植物エストロゲンの摂取量と比べてもずっと小さいとしている。
確かに、科学論文にしては注意を引くような標題である。他方、一般向けの記事ならリスク評価も合わせて紹介しなければミスリードするということが当たるが、科学雑誌における分析結果の報告なので、リスク評価を合わせて議論しなければ問題だとまでは言い難いかもしれない。
さて、最初の論文の著者らの反論は意外であった。これらの批判には直接応えず、NPには異性体が多数あり、それらによって女性ホルモン作用も大きく異なるので、まだ安心できないという。さらにNPの分子構造別の影響の大きさを明らかにすると共に、食品中の構造別の組成を調べる必要があるというのだ。ここまで来ると分析化学者の重箱の隅をつつくような仕事に見える。
それにしてもドイツ人同士の論争だったのはなぜなのだろうか。
26.−2003.06.04「変異原性と化学物質のリスク評価」
先週5月31日に「生活環境中の化学物質のリスクをどう評価するか」と題した日本環境変異原学会公開シンポジウムが渋谷であった。私は日本変異原学会の会員でもなく、また、変異原性について特段注目して来たわけでもないので、「変異原性から見たリスク評価」とか、「変異原性および非変異原性発がん物質には異なったリスク評価が必要か」といったタイトルを見て、変異原性の研究者がどのように考えているのか、違う見方があるのかに興味を持ち出かけた。あいにくの大雨だったことを考えると、まずまずの参加者の数というところだろうか。ここで議論されたいくつかの論点を紹介する。
1)変異原性研究はハザード検出に偏って生きたのではないかという反省
発がんこそが重要で、発がん性との相関の重視が重視されてきた。そこで、発がん性物質を見落とさず検出するということでより敏感な系が提案されてきた。この方向の研究だけでいいよかったか。
2)変異原性はバクテリアでの測定
人でのリスク評価に結びつけることが困難。人の細胞を用いる、メカニズム研究を進めるなどし、人への外挿方法を考えて行かねばならない。
3)「非変異原性発がん物質」と「非発がん性変異原物質」
変異原性と発がん性から物質は4つに分けれる。「変異原性発がん物質」と「非変異原性非発がん物質」という発がん性と変異原性が一致する物質、そして、困ったことに一致しない「非変異原性発がん物質」と「非発がん性変異原物質」である。「非変異原性発がん物質」は変異原性試験で検出できない発がん物質として問題視されるが、むしろ「非変異原性発がん物質」より、「非発がん変異原性物質」の方が重要である。なぜなら、「非変異原性発がん物質」には比較的高用量を投与したときのみ作用する物質が多く、人が摂取するレベルでは問題にならない。むしろ、発がん性を精査する必要があるように思える。他方、「非発がん性変異原物質」は、突然変異が起こっても発がんが起こらねば安全という考え方もあるが、変異が起こっていればそれだけ危険である。発がんだけが毒性ではないので、注意が必要である。(国立医薬品食品衛生研究所 鈴木氏の論点)
4)変異原性と非変異原性の発がん物質は異なったリスク評価をすべきか
「変異原性発がん物質」は閾値がなく、「非変異原性発がん物質」は閾値があるという考え方にたち、これらでリスク評価を違えるべきとの提案がなされてきた。確かに、変異原物質により遺伝子の変異は閾値なしで起こるが、発がんは1つの遺伝子変化では起こらず、多段階で起こる。従って、「変異原性発がん物質」にも閾値があると考えるのが妥当である。リスク評価に差をつける根拠はない。(関西学院大学 山崎氏の論点)
5)変異原物質や発がん物質は食品にも多く、人工化合物の発がん物質だけをことさら問題にする必要はない。(B. N. Amesの論点の紹介)
6)発がん死亡は、タバコや食品が原因の大部分を占めており、環境汚染、例えばジーゼル排気対策を進めても、発がん全体から見れば、大きな削減効果は得られないだろう。
以上のうち、1)や2)は、バイオアッセイにつきまとう共通の課題である。また、5)や6)は環境汚染対策だけが健康リスク削減に効果的な訳でなく、総合的な観点を持つことが大事なことを指摘している。変異原性試験方法(Ames Test)の発案者であるAmesらの論文は昨年度の博士課程後期のゼミで輪読したこともあり、本シンポジウムでAmesらの主張の紹介が、1人の講演者とおわりのまとめの世話人とにより2度もなされたのが印象的であった。