10.ー2002.12.26「島根県馬潟工業団地内水路のダイオキシンとPCB汚染」

 平成13年度から島根県馬潟工業団地周辺ダイオキシン調査対策検討会に委員として参加している。馬潟工業団地は島根県の中海に面した工業団地で、廃棄物の処理や焼却をしている事業所などが集まっている。平成12年の環境調査でここの水路から高いダイオキシン濃度が検出された。その後、島根県を中心に汚染実態の調査が進み、工業団地内の水路が広範囲にダイオキシンやPCBにより汚染されていることが分かった。また、団地内の事業所の調査でも、排水中や排水路の堆積物中でかなり高いダイオキシン類汚染がある事業所が複数見つかっている。これらのことから水路の汚染原因のひとつが団地内の事業所であることが推定された。しかし、水路のダイオキシン汚染の異性体組成が農薬由来の組成と類似している地点があること、および、団地の水路の上流部において、水中のダイオキシン類濃度が環境基準の1pg/Lを超える測定値が出たことから、上流の水田地帯における農薬由来のダイオキシンによる汚染ももう一つの原因として考えられた。


 この平成14年12月の委員会は、これまでの健康部会と対策部会に分かれて検討が続けられた結果を総まとめする委員会であった。健康部会からは、工業団地周辺の住民の健康調査と血液中ダイオキシン濃度の調査結果が報告された。結論としては、他の地域と比べて健康状態や血中ダイオキシン類濃度に違いはないというものであった。しかし、過去に団地内企業からの煤煙などに悩まされた経験を持つ住民にとっては、この健康状態に問題ないという結論は納得できない様子であった。他の地域でもしばしば見られるように、過去に煤煙がひどかった焼却炉がそのときはいくら抗議しても対策をとってもらえず、ダイオキシン問題が生じてやっと大きな社会的問題として認識されるに至ったという構図がここでも見られるわけである。しかも、ダイオキシンによる影響も健康調査から見えては来ない。調査人数からしても、明確な影響を検出するのは無理がありそうだ。

 私が参加した対策部会では汚染の範囲や程度を明らかにするための追加調査を続けると共に、対策方法を検討した。汚染の原因の一つとして団地の事業所の関与が考えられること。事業所からの更なる排出を防ぐための手だてを講ずることと、その効果の確認が必要なこと。中海への汚染底質の流出を防ぐため、汚染底質の「原位置固化+封じ込め」、「掘削除去+管理保管」や「掘削除去+無害化処理」の何れかの対策を講じるべきことを報告した。

 事業所に対する指導は実行に移された。引き続き監視する必要がある。次の段階としてこの汚染水路の対策を実施に移す必要がある。県は、まず費用負担をどうするかを検討する必要があると言っている。汚染者の責任を問わずに県が浄化事業をするのでは、県民の納得を得られないという考えである。そこで、対策部会は、引き続き団地企業の汚染への寄与について検討を続けることとなった。すなわち、汚染原因者を推定するというわけである。具体的には、上流部からの汚染やバックグランド汚染を差し引いて団地企業の汚染に対する寄与を推定することになる。容易ではないが、個々の企業の寄与割合を推定することは至難であっても、団地内企業群としての寄与を程度の確かさをもって推定することは可能だと私は考えている。これから環境鑑識学(Environmental Forensics)の挑戦が始まる。

 では皆様、よいお年をお迎え下さい。新年は3週目から再開の予定です。

9.ー2002.12.19「東京湾の採水調査」

12月12日に東京湾の採水を行いました。調査の内容は詳しくは述べられませんが、海水中のダイオキシン類などを分析する予定です。当初は12月9日(月曜日)に予定していたのですが、寒波が来襲して関東地方も雪となり延期になったものです。12日は快晴で波もほとんど無く調査には最適な日でした。しかし、気温は低く、その中を船で突っ走る訳ですから、寒さとの戦いです。
 田町駅に近い船だまりから釣り船に調査機材を積んで午前8時に出発。レインボーブリッジをくぐり、羽田空港で飛行機が発着しているのを右側に見ながら南下、2時間余り突っ走って、観音崎の沖で最初のサンプリング。水温は15℃、透明度12m程度。上層から下層まで水温や塩分の濃度変化はほとんどなかった。ここからは戻りながらのサンプリングになる。富津岬の近く、東京湾の中央、浦安沖と順次サンプリングをする。塩分濃度は内湾の表層が僅かずつ下がってくる。今回は、湾奥でも比較的透明度も高く、きれいな印象でした。冬の状態にもうなっているのだろうか。分析の結果が待たれる。午後2時半ころ調査を無事終了して上陸。
 以下、調査の写真をいくつか紹介します。

写真1.レインボーブリッジをくぐって出発

写真2.調査地点に到着、さあ作業

写真3.CDTメーターで水深ごとの水温、塩分濃度、溶存酸素を測定

写真4.水中ポンプによる大量の海水の採取

写真5.プランクトンの採取

写真6.如何に風がない日だったかを示す写真

8.ー2002.12.11「研究情報を追加」

 研究情報を追加しました。
今週は東京湾で海水の採水調査をしますので、来週はその状況を報告します。

7.ー2002.12.05「マグロのダイオキシン類汚染」

12月2日付けの朝日新聞に「脂の乗った魚介類ダイオキシン高め 水産庁裏付け バランスよい食事で大丈夫」という表題の記事が載った。「脂が多かったり、大都市周辺で取れたりした魚介類は、ダイオキシン濃度が高いことが水産庁の調査で分かった。」という内容である()。これはこれまでの一般的な知見と違わない。私の目を引いたのは、記事の中程にでてくる脂の多いマグロ類やブリも同様。最も高かったのは米国東海岸沖でとれたクロマグロという部分である。マグロは遠洋で取れるので陸が発生源となっているダイオキシン濃度は低いとこれまで思っていた。早速、元報告を水産庁のホームページで探した。どうやら、9月27日に発表された「平成11年度〜平成14年度魚介類のダイオキシン類の実態調査(中間報告)にいて(平成11年度〜平成13年度分)」(リンク先)というのがこの記事の元のようだ。93種、340検体の調査結果がまとめられている。これによれば、確かに最も濃度が高いのは、米国東岸北部沖大西洋のクロマグロで10.1 pgTEQ/gである。同じ場所のクロマグロは2検体測定されており、他方も6.4 pgTEQ/gと高い。クロマグロはこの2検体しかないので、クロマグロが水域を問わず汚染が高いのかは不明である。なお、この二検体については、報告書では天然物か養殖物か確認中となっている。
 他に、メバチマグロが7検体、キハダマグロが5検体、ビンナガマグロが3検体が報告されている。全て天然産である。この15検体の中で1 pgTEQ/gを超えているのは表に示したキハダマグロの1検体だけである。従って、マグロの高汚染が一般的という訳ではない。一安心である。

 さて、遠洋物のマグロは沿岸物よりダイオキシン濃度が低いとこれまで思っていた。この報告書のクロマグロのダイオキシン濃度(TEQ)の8割以上は狭義のダイオキシンではなくコプラナーPCBが占めている。すなわち、主としてはPCB汚染なのだ。報告書にある他の魚種ではこんなにPCBに偏った汚染を示している例は多くない。私どもの研究室では水圏食物連鎖におけるダイオキシン類の濃縮を東京湾で調べた経験がある(学会発表、論文は掲載待ち)。そこでは、コプラナーPCBは食物連鎖を通じて高栄養段階の生物で濃縮されていくのに対し、ダイオキシンとジベンゾフランは塩素数4〜5程度の2,3,7,8-塩素置換体ではある程度濃縮が起こるが、その他の異性体では濃縮は起こらないことを明らかにしている。さらに、PCBは揮発性が狭義のダイオキシンより高いので、発生源から遠くまで運ばれやすい。このことからすれば、食物連鎖の上位であるマグロでコプラナーPCB濃度が高くなる可能性はある。

 マグロのダイオキシン類汚染が種類や水域によりどのようになっているかについてはもう少しデータを集める必要があろう。今回の高汚染が限定されたものであることを願う。既にマグロは一般に有機水銀濃度が高いことが知られている。これだけでも問題なのだが、ダイオキシン類にまで汚染されている場合があるとは残念なことである。そして、日本人のマグロ消費量は増えているのだ。

表 ダイオキシン類濃度が高かった魚介類

水 域 分類  種類 ダイオキシン
pgTEQ/g 
コプラPCB
pgTEQ/g 
合計
pgTEQ/g
米国東岸北部沖大西洋 輸入 クロマグロ 0.97  9.1 10.1
大阪湾 天然 コノシロ 2.8 6.3 9.1
瀬戸内海東部 天然 アナゴ 1.8 6.5 8.3
関東沖 天然 カジキ 1.1 5.6 6.7
東京湾 天然 スズキ 1.0 5.5 6.5
米国東岸北部沖大西洋 輸入 クロマグロ 0.73 5.7 6.4
瀬戸内海東部 天然 タチウオ 1.6 4.4 6.0
中部太平洋 天然 キハダマグロ 0.69 4.4  5.1
山陰沖 天然 ベニズワイガニ 1.3 3.2 4.5
瀬戸内海西部 天然 タチウオ 1.6 2.8 4.4
東京湾 天然 スズキ 1.6 4.4 4.3
瀬戸内海南部 養殖 ブリ 1.2 2.8  4.0

 

6.ー2002.11.28「ダイオキシン類の新しい発生源」

平成14年7月26日にダイオキシン類対策特別措置法施行令の一部を改正する政令が閣議決定され、同8月15日から施行になった(適用猶予期間が1年あり)。内容は「カーバイド法アセチレンの製造に係る施設」などをダイオキシン類対策特別措置法の規制対象施設(特定施設)として追加するものである。このとき同時に規制対象に加えられたものとしては、「アルミナ繊維の製造用施設」の一部、「8・18-ジクロロ-5・15-ジエチル-1・15-ジヒドロジインドロ[3・2-b:3'・2'-m]トリフェノジオキサン(別名:ジオキサジンバイオレット)製造施設」の一部、「亜鉛の回収施設」の一部である。これに先立つ平成13年12月1日施行でも「硫酸カリウムの製造施設」の一部、「カプロラクタム製造施設」の一部と「クロロベンゼン又はジクロロベンゼン製造施設」の一部が追加されている。

 おもしろいのはこれらの施設が規制対象に追加されるに至った経緯である(表を参照)。多くの場合、地方自治体の調査で環境水中のダイオキシン類濃度が環境基準を超えていたことに端を発している。環境基準を超えた事実から原因を辿って行って汚染源の工場が見つけられたということである。このことから、水系への排出は意外に見つけやすいことがわかる。大気への放出に比べて拡散が限定され、それほど大量の放出でなくてもある程度の範囲の環境濃度が上昇するのである。この結果、想定できなかった製造プロセスでダイオキシン類が生成している例があることが明らかになってきた。これまで世界でも生成が報告されていないダイオキシン発生プロセスが見つかってきているのである。

 このように汚染源の特定と規制につながったということは、モニタリングの重要性を再認識させるものである。また、燃焼排ガスなどに比べて排出総量は大きくないと推定されるが(精査が必要)、水生生物への濃縮の可能性もあるので水域への排出には注意が必要である。
 さて、汚染が見つかった後は汚染原因別の寄与の推定が必要になる。底質汚染などの場合、修復や浄化費用の負担が問題になるからである。汚染源寄与率の推定は本研究室がこれまで実績を積み上げてきたし、現在も博士課程学生の小林憲弘さんKim Kyoung-SooさんらがダイオキシンやPCBについてさらに高度化を目指している。大気汚染については伏見暁洋さん川島洋人さんが取り組んでいる。請うご期待。

 表 新しくダイオキシン類の規制対象になった施設とその発見の経緯(環境省資料から)

業 種 経  緯 ダイオキシン類の排出があった施設
硫酸カリウムの製造施設 H12年6月熊本県が行った江添川河口の調査で環境基準を超える3.8 pgTEQ/Lを検出。 廃ガス洗浄施設
光ニトロソ化法による
カプロラクタム製造施設
 H12年2月名古屋市が行った大江川の河川水の調査で23 pgTEQ/Lを検出。 硫酸濃縮施設、
シクロヘキサン分離施設、
廃ガス洗浄施設
クロロベンゼン又は
ジクロロベンゼン製造施設
H12年5月福岡県が行った大牟田川河川水中の調査で93pgTEQ/Lを検出。 水洗施設、
廃ガス洗浄施設
カーバイド法アセチレンの
製造に係る施設
H12年9月事業者の自主検査で総合排水に60 pgTEQ/Lを検出。 アセチレン洗浄施設、
湿式集じん施設
アルミナ繊維の製造用施設 H12年9月事業者の自主検査で総合排水に60 pgTEQ/Lを検出。 廃ガス洗浄施設
ジオキサジンバイオレット製造施設 H11年9月富士市が行った岳南排水路末端の調査で基準を超えるダイオキシン類を検出。 ニトロ化誘導体分離施設・洗浄施設、
還元誘導体分離施設・洗浄施設、
ジオキサジンバイオレット洗浄施設熱風乾燥施設
亜鉛の回収施設 既に規制対象となっていた亜鉛回収施設で工程排水に混入することが懸念されたために調査。 精製施設、
廃ガス洗浄施設、
湿式集じん施設
顔料製造施設 H14年3月和歌山県の行った海南港周辺の調査で16 pgTEQ/Lを検出。  調査中
農薬原料等の製造施設 H13年1月福島県の行った検査で工場の総合排水から26 pgTEQ/Lを検出。 調査中
貴金属回収及び、触媒回収施設 H14年10月、工場の調査から発見。 調査中
金属ハンダの用に供する施設 H12年10月神奈川県の行った一色川環境調査で環境基準を超えるダイオキシンを検出。  調査中