25.−2003.05.28「良く分からなかった「ダイオキシン浄化どうする」の記事」

 5月26日に表記タイトルの記事が朝日新聞(くらし面)に掲載された。私どもの研究結果の引用が入っていたこともあり、コメントしたい(この件で、取材は受けていない)。
 記事の趣旨は、ダイオキシン対策特別措置法によって焼却施設の排ガス規制が一段落し、これからは汚染された土壌や海の泥の浄化が課題だという内容。土壌や底質の汚染は水を経て魚介類を通して人体に達するからというのが理由だ。
 記事では和歌山の焼却灰などを埋めた場所で開始された溶融による処理を紹介している。処理費用の負担能力のない産廃業者に代わり、県と国が24億円を負担するらしい。汚染してから復旧するほど費用的にばかげたことはない。
 この後に、私どもの研究室の過去の研究結果である、農薬の不純物として環境に放出されたと推定されるダイオキシンの量の推定結果が紹介されている。そして、排出されたダイオキシンが土壌や川、海にどれくらい蓄積されているか、実態は不明のままだとしている。確かに、わが国では、私どもの研究室の定量的な研究を除けば、ダイオキシンの測定結果はたくさん出てくるが、それらを量的に把握しようとした報告は少ないようだ。しかし、拡散した汚染を処理できるはずもなく、これらのことと高濃度汚染地(ホットスポット)の浄化が課題という記事の趣旨とがどうつながるのかはよく分からない内容となっている。
 さらに、この記事では、食品にダイオキシン基準がないことに話題が及ぶ。EUが食品毎のダイオキシン基準(co-PCB含まず)を作ったのに、日本には基準はなく、実際にはEUの基準を超えるような魚が出回っているというのだ。例としては、以前にこの備忘録でも紹介した米国から輸入されたマグロを挙げている。EUがどのように基準を運用し始めたのか、実情をまだ知らないが、昨年のダイオキシン会議での雰囲気からすると、高いものが見つかれば原因を調べて対策するためと考えた方がいい。その意味からは基準でなくても、モニタリングとその後に続く原因調査が重要なのだ。欧州では主に畜産品が対象になり、高濃度は飼料に原因があり、対策が可能である(実際、ベルギーのPCB汚染をはじめ、飼料に汚染物が混入した事例を欧州では経験している)。しかし、日本の場合に問題となりそうな魚介類の場合はちょっと異なる。原因を取り除くことは不可能に近い。突き詰めると、水域の漁獲規制に向かうしかなくなる。そうなると、規制は食料資源の利用範囲を狭め、社会に与えるインパクトも非常に大きい。得られる曝露の削減効果との対比をよくよく考える必要がある。

24.−2003.05.21「小型化に伴う環境負荷」

 コンピュータのディスプレーと記憶媒体はペーパーレスの社会を作るなどと言われ、紙の消費による環境負荷が減ると期待された時期があったが、夢想であった。少しでも修正すれば、新たに全体を印刷したいという欲望が湧く、しかもいたって簡単に印刷できると事実により、紙の消費はかえって増えた。
 自動車の小型化は確かに省資源・省エネルギーだ。コンピュータのを初めとする情報機器のモバイル化、小型化も、外見上は材料資源を少ししか使わず、省資源の様に見える。実際はどうなのか。
 Williamsらの報告(1)によれば逆の可能性がある。「1.7kgのマイクロチップ」と題したこの論文は半導体チップのライフサイクルアセスメントの結果である。データの信頼性にはまだ問題のあるものの、たった2gのマイクロチップを生産、使用するために、最小の推定でも1600gの化石燃料と72gの化学物質が使用されているという。使用エネルギーの62%は材料の製造で、残りは、組立が11%、使用段階が27%である。中でも純度の高いシリコン・ウエハーの製造にかかる部分が48%である。化合物では、重量としては窒素、酸素、アルゴンなどのガス類、酸類、過酸化水素、イソプロピルアルコール、テトラメチルアンモニウム水酸化物などが多い。
 乗用車を一台生産するの必要なエネルギーとしては、1500〜3000kgの化石燃料が必要で、これは乗用車の重量に対する比で約2倍であるが、マイクロチップの場合は600倍程度になる。マイクロチップはエネルギーの固まりだと言うことができる。
 小型化された電気製品は確かに使用段階でのエネルギー消費は小さくなることが多いが、生産段階ではエネルギー多消費というわけで、ライフサイクル考慮した適度な集積化・小型化ということが考えられるべきだろう。
 身近な例では、ディスプレーやテレビのCRTが省スペースの意味もあって液晶に置き換えられて行っている。大まかに言えば、値段は生産段階の資源消費量を表していることになる。ライフサイクル的に液晶TVの環境負荷が小さくなるためには、液晶テレビを使うことでの省エネ効果=節電による費用削減が値段の差を埋めなければならない。5万円の差を埋めるには15円/Kwhで、100Wの差があったとした場合、つけっぱなしで4年かかる。一日4時間なら24年かかる計算だ。環境負荷を減らすにはかなり長持ちさせねばならない。
(1) E. D. Williams, R. U. Ayres, M. Heller: The 1.7 kilogram microchip: Energy and material use in the production of semiconductor devices, Environmental Science & Technology 35[24] 5504-5510 (2002)

23.−2003.05.07「クレオソートが漂ってきた」

この連休中に庭仕事をしていたら焼けこげたような、フェノール系のような刺激臭が漂ってきた。近所で、壁とか柵とかにタール系の防腐剤でも塗っているのかな。これはもしかしたら結構な健康リスクではないのだろうかと考えていた。後で、近所を散歩したところ、斜め隣の家で木のデッキの防腐塗装をしたようだ。
 ところがちょうどその翌日の新聞(5月4日 朝日新聞)に「木材防腐剤クレオソート油 国工事で使用禁止 発がん性懸念」という報道があった。
 クレオソート油とは何か。クレオソートという整腸剤もあるが、これは木材から生成される物で、防腐剤として使われるのはコールタールの精製の際にできる混合物である。何百もの化合物からなるが、主成分は多環芳香族炭化水素である。クレオソート油は、普通ねっとりとした黒あるいは黒褐色の液体または半固体で、煙たい臭いがあると本には書かれている。木材の防腐剤としては最もよく利用される薬剤の一つである。
 混合物なので、きちんとした毒性情報が揃っているわけではないようだが、探してみると、米国環境保庁のIRISでは発がん生として B1(probable human carcinogen)という分類になっている。定量的な評価値(ユニットリスクなど)はまだ定められていない。国際がん機関(IARC)の評価では2A(ヒトに対しておそらく発がん性を示す)となっている。European Chemicals Bureauによれば2(ヒトに対して発がん性があるとみなされるべき物質)となっている。何れも、人に発がん性がありそうということだ。
 定量的な評価がないので(あるいは、混合物なので組成により毒性が大きく変わる発がん性が大きく変わる可能性もある)、はっきりしたことは言えないが、これを塗布しながら吸いこむことは問題だろう。もちろん、日曜大工で塗布する分には曝露時間が短いから生涯から見ると大きなリスクにならないかもしれない(発がんリスクは、曝露濃度×時間の積に比例すると見てよいから)。他方、これを塗布したものを室内に持ち込んだりした場合には揮発による低濃度汚染でも、曝露時間が長くなるので問題だ。国土交通省はクレオソート油の公共工事での使用を今年度から禁止したとのこと。
 このような家庭でも使用される化学品には、他に、殺虫剤、防虫剤、殺菌剤、防かび剤、洗浄剤、防臭剤などがあるが、清潔さを好む人々の嗜好と共に、使用範囲も拡がっているように見える。環境汚染とはちょっと異なるが(環境汚染は個人で避けることが困難だが、これらの化学品の使用は個人の嗜好に任せられている)、化学物質の曝露によるリスクという意味では同類である。一方では、環境汚染を減らす努力が続けられているのだから、見た目の清潔さのため、リスクの大きい使い方にならないようにすることが大事である。例えば、防虫剤を使う場合は閉めきった場所で行い、寝室などへ拡散させない工夫が必要だろう。また、防臭のために化学物質を散布するなどというのは健康上は便益が上回るか疑問に思える。

22.−2003.04.30「中西先生の紫綬褒章受賞を喜ぶ」

 4月28日に発表された春の褒章で、中西先生が紫綬褒章を受けられることになりました。
先生、本当におめでとうございます。
 学術研究、芸術文化、技術開発に功績があった人に送られる紫綬褒章ですが、中西先生は「環境リスク管理学研究」ということで、先生がこのところ全力を傾注して研究を進め、国際的に成果を上げて来られた分野での受賞になったことも良かったと思います。
 中西先生は東京大学の助手の時代に日本の下水道政策の誤りを鋭く指摘して来られました。下水処理場を物質収支として解析した研究から始まり、下水道の建設を費用や完成までにかかる期間を考慮し、環境改善効果で評価する試みに至るまで、多数の実証的な研究に基づき、提言や運動をなさってきました。そして、これらの提言は最終的には日本の政策の転換へと繋がったと言うことができます。しかし、当時はなかなか受け入れられず、研究環境も恵まれない時代が長く続いたと理解しています。
 しかし、環境政策全体をより適切なものに変えて行きたいという先生の研究意欲は、下水道から環境リスクの評価と管理へと研究分野を拡げ、世界的にも注目される研究成果として花開くことになりました。これは、先生が下水道や工業開発による汚染を対象として研究をなさっておられた時代から、現場で物事の見て来られたこと、読書量の豊富さ、反対や裁判など緊張の中で取り組んでこられたことなど、常なるご苦労の賜だと感じます。そして、真っ当なことを主張した人が最終的に認められたという事実は、多くの人にとっての希望です。
 今後とも中西先生の一層のご健康とご活躍を願うと共に、少しでもお手伝いができれば幸いです。(2003年4月28日 益永)

21.−2003.04.23「狂犬病のリスク」

最近の朝日新聞の「私の視点」に狂犬病に関する意見が2つ掲載された。私は狂犬病については全くの素人なのだが、リスク評価(対策の効果)としてどうなるのか興味を持った。
 最初の意見(2003年3月27日掲載、加沼さん)は狂犬病の予防注射が医学的に無意味であり、罰金を背景に強制的に接種するのは無駄だと断じている。その根拠として、1970年以降、人及び犬を含む家畜、野生生物で狂犬病の発生がないのでウィルスは存在しないためだとしている。従って、日本の場合は、海外からの輸入されるほ乳類が問題となる。しかし、現在の検疫制度は狂犬病の流入防止には無力だそうだ(感染のおそれのある動物が無検疫で大量に輸入されている)。また、海外渡航者へのワクチン接種こそ必要だが、受ける人はまれだと言う。以上が、3月27日の意見である。狂犬病ウィルスの流入の危険性が高いのに予防接種を止めるべきという主張が今ひとつ理解できなかった。
 二つ目の意見は、これに真っ向から反対する(2003年4月17日?掲載 源さん)。日本で発生していないのはワクチン接種などの対策の賜であり、予防注射が無駄とは言えないという主張だ。わが国では1957年以降は発生例(ネコ)がないが(1970年の事例は外国で感染した例らしい)、大正時代に年間3000件以上発生していた。1922年からイヌへの予防注射が徹底し、10年でほぼ撲滅。戦争中に対策が怠られ、戦後は1000件に増加。1950年の狂犬病予防法制定で、7年で撲滅ということから有効性は証明済みとの主張である。
 狂犬病は、狂犬病にかかった動物に噛まれることで発病する。発病すればほぼ100%の死亡率であり、潜伏期(1〜2ヶ月)早期のワクチン注射しかないそうだ。しかし、日本では治療に有効な抗狂犬病ガンマグロブリンは入手困難だと国立感染症研究所のホームページには書かれている。さらに、現在でも狂犬病の発生地域は世界各地に広がり、むしろ清浄な地域は少ない(http://idsc.nih.go.jp/kansen/k00-g15/k00_06/06map.gif)。ペットの輸入や人の移動は大正時代に比べて現在の方がずっと大きいことから考えると、感染した動物や人の入国のリスクは大正時代より大きいと推測される。また、わが国で感染がないからと言って、外国でも安易に動物との接触することは危険である。以上から判断すると、イヌへの予防注射ばかりでなく、人の感染時の対する対策も準備しておくべきだと感じる。
 さて、世界の狂犬病で死亡する人の数は3〜5万人/年である。これは発症率として0.00001/年 程度であり。これを日本に当てはめる1000人/年となる。予防接種にかかる費用が200億円/年というから、1人の命を救うのにかけている費用は2000万円となり、これは比較的費用効果の高い対策ということになりそうだ。皆さんの判断や如何。なお、イヌの狂犬病の予防注射は毎年1回で3000円也。