先月(2004年10月)に北京を訪問する機会があった。私が最初で最後に中国を訪問したのは1986年だったので、その変貌に驚嘆した。前回は、私が子供の頃と似ていてい懐かしいと感じる風景を北京で見つけたが、今回は日本と変わらない近代的な風景だった。
1986年に訪問の機会を持ったのは、北京化工研究院の梁(リャン)さんがJICAの招聘研究者として公害資源研究所の私のいた研究室に1年間滞在したことによる。当時はFaxも先方には普及していない、国際電話もかかりにくい、最後の手段としてTELEXを使って来日の打ち合わせをした。そして、成田空港に出迎えに行ったのが私だったこともあって、親しくなった。彼女が帰国した後の1986年7月に中国化工学会と日本化学工学協会が共催する「日中技術交流 排水処理特別セミナー」が北京で開催されることになり、梁さんから是非北京に来てほしいとのことだったので、自費で参加した。
会議は中国の招待所と呼ばれる外国人用の宿泊所で開催された。会議の終了後、私はその訪中団とは別れ、梁さんの案内で2日間ほどを北京で過ごした。北京化工研究院を表敬訪問したが、院長は挨拶の中で、ちょうどその日が日中戦争開始に至る盧溝橋事件の日だったために、その事件に言及した。中国の人のこの事件への強い記憶に対し、戦後生まれの我々がこの事件についてどれだけ思いをはせているかという、違いを恥じた旅でもあった。そして、少なくとも個人的な友好を結ぶことが私にできることだと感じた。梁さんには北京のいろいろなところを案内してもらうと共に、彼女の家にも招待してもらった。高層アパートだったが、外壁や手すりが簡素で落ちそうで怖い廊下、そして、運転士が常駐しているエレベータ(働く場所を無理して作っているとしか思えないような仕事をしている人は、見学した工場や研究所でも多かった)が印象的だった。日本から持ち帰った多くの家電はアパートの電気容量が小さくてなかなか使えないとのことだった。
さて、今回の訪問では、まず、北京空港がすっかり国際空港に生まれ変わっているのに驚き、そして、空港から片側3車線で北京市内へ高速道路が続くのにも驚いた。走っている車の数もおびただしく、また、自家用車や真新しい車も多い。現在の日本と何ら変わらない風景になっていた。ただ、乗ったタクシーの運転席が防犯のためか、格子で囲まれているのにはぎょっとした。市街は商業的な看板も多く、にぎやかである。泊まったホテルも近代的、かつ、エネルギーや資源を惜しまないという感じだ。夜間は建物がライトアップされていた。この20年弱の間に中国は大変貌を遂げたようだ。農村の様子は見られなかったが、少なくとも北京は大きく変わった。中でも最大の印象は、自動車と人が渋滞している市内の道路を我先に急いでいることだ。事故予防のために早めにブレーキを踏むということを全くしないので、タクシーに乗っていても、「アッ、ぶつかる」と何度体を硬直させたことか。それでも何とか接触せずにすんでいるところがすごい。日本人の交通事故に関するリスク対応はずいぶん用心深くなっているのだと感じないわけにはいかない。
今回の訪中の目的は、日本分析化学会と中国科学院との共催による「中日韓環境分析化学シンポジウム」での招待発表であった。出席していた中国の先生方の話では、中国では残留性有機汚染物質(POPs)などの環境モニタリングが国家的プロジェクトとして開始されつつあるとのこと。しかし、これまでの経験が足りず、また、分析装置が十分には揃っていないなどの困難があることであった。今後の協力を求められたので、できるだけのことをしていきたいと考えている。
44.−2004.10.14「ダイオキシン類汚染底質の対策費用を原因者に負担させられるか?」
去る9月8日。島根県環境審議会は中海の湖岸にある工業団地隣接水路の汚染底質に関して、「馬潟工業団地周辺水路ダイオキシン類対策事業に係る費用負担計画について」http://www3.pref.shimane.jp/houdou/press.asp?pub_year=2004&pub_month=9&pub_day=8&press_cd=A20ABE71-AAD6-427D-83F8-D53BB078EF92と題する中間とりまとめを公表した。
経緯を簡単に説明すると、平成12年7月、馬潟工業団地の中を流れる水路で比較的高濃度のダイオキシン類汚染が発見された(当時は底質の環境基準は決まっていなかったが、現在の基準(150 pg-TEQ/g)を超えている)。この対策をどうするかが「馬潟工業団地周辺水路ダイオキシン類調査対策検討会 対策検討部会」において検討されてきた。対策検討部会の最終報告(平成16年3月12日)では、主な原因として水路上流部からの農薬由来の汚染と工業団地内の事業所からの汚染があるが、ダイオキシン類異性体組成等により検討した結果、汚染は大気からバックグランド汚染や農薬由来では説明できず、工業団地からの寄与が大部分と認められるとし、その寄与の程度も推定した。この推定計算は、当時対策検討部会の委員であった益永が主導した。この報告を受けて環境審議会が開催され、対策の費用負担をどうするかが、議論されてきたわけである(益永はメンバーではない)。
さて、環境審議会の中間とりまとめでは、汚染原因者に本公害防止事業費の負担をもとめることの妥当性を検討し、公害防止事業費事業者負担法により汚染原因者に負担を求めるのが適当とした。そして、費用を負担させる事業者の範囲については、「当該水路にダイオキシン類を排出したものと推定される原因となる事業活動を現に行っている、又は過去に行っていた事業者」とすることが妥当。小規模発生源に該当する事業者及び農業者については「負担を求める事業者」から除外するのが妥当。と結論している。
今回は中間とりまとめであり、最終結論ではない。また、実際に費用負担が確定し、執行されるにはまだ長い調整が必要になると思われる。しかし本件が、ダイオキシン類の異性体組成に基づいた原因寄与の推定結果が、費用負担の根拠として使われる最初のケースになるのではないかと期待している。
43.−2004.10.1「WHOの毒性等価係数(TEF)の改訂」
備忘録を長い間休んでしまいました。定期的とまでは行かないかも知れませんが、再開します。今回は、9月にベルリンであったダイオキシン2004国際会議(24th International Symposium on Halogenated Environmental Organic Pollutants and POPs)からの話題です。
ベルリン工科大学の建物で約700の発表が行われました。ダイオキシン会議のホームページから全てのアブストラクトを見ることができます(2004年10月現在)=>http://www.dioxin2004.org/frameset.htm。
私が一番注目して聞いたのは、WHOによって1997年に設定された毒性等価係数(TEF)の再評価に関するセッションです。そこで議論された要点をまとめると。・1997年のWHO-TEFでは各ダイオキシンコンジェナーについてrelative potency(RP)の報告値のデータベースを用いてTEFを決定した。しかし、急いで作業したため、データの信頼性が必ずしも精査されていなかった。今回、その精査がほぼ終わり、信頼性に疑問があり除外すべきデータを除いたデータベース(Refined database)が完成した(40%以上のデータが除去された)。これによれば、現在のTEFの中にはデータベースにあるRPの範囲の端にあるものも出てきた(3コンジェナー)。Refined databaseも、RPの範囲は数オーダーに及ぶ。
なお、データを残すか、削除するかについては、
Repetitive endpoint
Non-peer reviewed data
Lack of statistically significant results
QSAR data
などをどう扱うかが議論のあるところだという。また、これは、新規データを加える場合も同じ。
・1997年にRPのデータベースを作ってから以降に多くの新しいデータが報告されている。これらを取り込んだデータベースを作成中である。新しいデータベースができれば、TEFの改訂の必要性が議論されることになる。
・TEQの考え方はコンジェナー間で毒性に加法性が成り立つとしている。この考え方でよいかという課題であるが、これは、新しい実験結果も出てきているが、加法性を否定すべきということにはならないだろう。
・現在のTEFは代表値という1つの値で示しているが、分布で提示した方(例えば、50%、75%、90%タイル値)がよいのではないかという方向での検討もされている様子である。いくつかのコンジェナーについてはデータ数があるので分布で出すことも可能。しかし、リスクコミュニケーションが混乱するという否定的な意見もフロアから出ていた。
・現在のTEFはintake TEFで、body burden TEFではない。body burden TEFにすべきかという問題提起もされたが、議論の深まりは無かった。
・ダイオキシン様毒性を持つ類似化合物にTEFを広げるべきではないかという課題もある。例えば臭素化ダイオキシンなどである。これについては、Martin van den Bergは検討するという回答をしていた。(来年に検討に入るという日程が決まっているという情報を、他から聞いたが、今ひとつはっきりしない)。
・個別の事であるが、23478-PeCDFの現TEFの0.5は過大というような報告もされた。このコンジェナーはTEQへの寄与が大きいので、TEFの値の僅かなずれも問題にされるようだ。
というような状況で、TEFの改訂作業が開始されている。この様子では、新しいRP databaseによる改訂TEFは早晩提案されることになるだろう(ほ乳類対象TEFのみ)。しかし、現行TEFと大きく変わることはなさそうである。ただ、分布としての提示があるかもしれない。コンジェナーを足しあわせるTEQの計算法やintake TEFについては、変更はないだろう。臭素化ダイオキシン類も包含するTEFの拡大はありそうだ。しかし、ヨーロッパの食品のダイオキシン類基準ですら、まだco-PCBが取り込まれていないことを考えると、少し先走り過ぎの感じをうける。
ところで、このヨーロッパの食品のダイオキシン基準であるが、多くの食品について許容基準が決まったということである。しかし、現在はコプラナーPCBを含まない基準となっており、2004年末にコプラナーPCBを取り込む予定という。しかし、このとき、移行期間を定めてこのままの数値を基準とするか、あるいはコプラナーの基準は別に設定するのかは、検討中ということだ。また、4 pg/g fatという基準をバルト海の多くの魚は超えてしまうことになる(コプラナーPCBを含めればなおさら)。そこで、2006年12月31日まではバルト海の魚は基準の対象から除外するらしい。また、この最大許容基準に加えて、早期警戒レベルとなるAction levelを2006年までに、最終目標となるTarget levelを今年末までに決める予定ということであった。
ヨーロッパの対応は、どうも予防原則の建前が全面に出過ぎているように感じる。
以上、私の聞き違いもあるかもしれないので、確認の上で利用していただきたいが、会議の大凡の様子を報告した。ところで、TEFが変更されると、新データと比較するためには、新TEFを用いて過去のデータを換算し直さなければならない。コンジェナー別のデータが残してあれば問題ないが、現在公表されている多くのデータがTEQ値のみになっている。TEFは変わるものと思って、コンジェナー別データで残すことが必要である。
参考文献
Haw et al.: Development of a refined database of relative potency estimates to facilitate better characterization of variability and uncertainty in the current mammalian TEFs for PCDDs, PCDFs, and dioxin-like PCBs, Organohalogen Compounds 3426-3432 (2004).
Haw et al.: A preliminary approach to characterizing variability and uncertainty in the mammalian PCDD/F and PCB TEFs, Organohalogen Compounds 3439-3445 (2004).
42.−2003.12.26「中西準子・益永茂樹・松田裕之 編「演習 環境リスクを計算する」が発刊」
表記の本が岩波書店から今日(2003.12.26)発刊になりました。中西準子、東野晴行、吉田喜久雄、益永茂樹、松田裕之、森田健太郎、石川雅紀の7名で書いています。環境リスク評価のために必要な計算手法を実例を通して解説していますので、是非ご覧下さい。
また、この本で使っているデータや計算のためのソフトなどを各著者のホームページに掲載するように準備中です。私の担当分については、http://risk.kan.ynu.ac.jp/masunaga/iwanamisyotenn.htm に掲載します。
今年の備忘録はこれが最後です。来年は1月中旬頃に再開の予定です。では皆様、良いお年を。
41.−2003.12.15「総務省が環境省にPCB廃棄物対策について勧告」
総務省が平成14年から15年にかけて行った行政評価・監視結果に基づいた勧告を、12月5日、環境省に対して行った(http://www.soumu.go.jp/s-news/2003/031205_1.html)。以前よりダイオキシンやPCB対策としては、保管PCB廃棄物の厳重な管理と早期の分解処分が重要で、これを適切に行なわないと、焼却炉などに多大なお金をかけたダイオキシン対策が無意味になると指摘してきた私としては、よく勧告してくれたという気持ちである。
総務省が行った調査事項は以下の2項目である。
(1)保管事業場の実態把握と届出の励行
過去のPCB台帳や調査により保管事業場として把握されているもののうち、平成13年度、14年度ともにPCB特別措置法に基づく届出に係る事業場名簿に掲載さていない事業場1,418カ所を抽出し、PCB廃棄物の保管の有無、届出義務の有無、及び届出の状況を総務省が調査した(表1)。結果として、これらうちの545事業場(38%)が現在も届出義務があるにもかかわらず、届出をしていなかった。また、この545の内、65事業場を抽出し、実地調査をしたところ、47事業場(72%)が個別周知されておらず、15事業場(23%)は周知されていたが督促されておらず、2事業場(3%)は督促されていたが、その後の励行指導がなされていなかった。
このように、過去の何れかのリストにPCB保管(使用)事業場として掲載さているにもかかわらず、PCB特別措置法担当部局が把握対象としていない事業場がかなり存在する。過去の電気絶縁物処理協会のPCB台帳では13万の事業場がリストさているのに対し、届出事業場数は平成13年度が43,696事業場、平成14年度が53,172事業場にとどまっており、8万近い事業場が把握さていない可能性がある。これに今回の調査結果を当てはめれば、このうちの38%(=52%×73%)に相当する約3万の事業場が届出義務を有しながら届けていないことになる。これは、届出ている5万余の事業場に匹敵する数となる。
したがって、総務省の勧告では、(1)保管事業場情報の突き合わせ・整序を行い、名簿の的確な整備を図る、(2)届出を行っていない保管事業場に対し、督促及びその後の励行指導の徹底、を求めている。妥当な勧告と言えるだろう。
表1 届出状況の調査結果
調査対象の届出のない1418事業場の内、 ┌674事業場(48%) 届出義務は消失していた(紛失、管外へ移転、所在不明) └744事業場(52%) 届出義務がある
届出義務のある744事業場の内、 ┌199事業場(37%) 届出してあった(新名称で届出、記載漏れ) └545事業場(73%) 届出なし
届出なしの545事業場の内、65について実地調査し、 ┌ 47事業場(72%) 措置法担当部局が個別周知していない ┤15事業場(23%) 個別周知したが、督促していない └ 2事業場 (3%) 督促したが、励行指導していない |
(2)PCB廃棄物の保管の適正化
届出義務がありながら平成13年度と14年度に届出の行われていない保管事業場65箇所と、13年度と14年度の両方、又はいずれかの年度に届出のあった事業場のうち161事業場の合わせて226事業場を抽出し、実地調査が行われた。結果は表2と表3である。これによれば、PCBを保管している222事業場中で、167事業場(約75%)が密閉容器での保管や掲示等の保管基準を満たしておらず、152事業場(68%)で管理責任者が適切に選任されていなかった。また、都道府県等の立入検査の実施も不十分であった。
以上の結果を踏まえ、総務省は、(1)都道府県等が立入検査の実施要項を策定することと、(2)都道府県等がPCB廃棄物保管業者に保管の適正化を指導できるように、環境省が措置と技術的助言をするように勧告している。
東京都や横浜市の関係する委員会に出席した際、私はPCB廃棄物の保管している可能性のある事業場の探索と、立入や監視を是非強めて欲しい旨を発言してきたが、まだ、多くの自治体で徹底していないようである。この際、環境省はいろいろな工夫をしてPCB廃棄物の発見や管理の徹底に努めている自治体の具体例を示し、遅れた自治体に努力を促してもらいたいと考える。
環境事業団によるPCB廃棄物の処理施設の建設が進んでいる。この処理方式などに関する問題はさておき(備忘録「PCB廃棄物処理施設の建設に向かう現状」、「PCB廃棄物処理事業の評価」)、いざ処理が始まったときに、PCB廃棄物の多くが紛失してしまっているようなことのないようにしたいものである。
表2 保管状況の調査結果
調査対象226事業場の内、 ┌ 4事業場 保管していない(紛失、特別措置法に反して電気工事業者に譲渡) └222事業場 保管している
保管している222事業場の内、 ・ 3事業場 保管しているが、一部を紛失 ・167事業場 保管基準を満たさず(密閉容器で保管さていない、掲示板がない) ・ 62事業場 管理責任者が設置さていない ・ 90事業場 管理責任者が設置されているが、無資格者が選任されている |
表3 立入検査の実施状況
23都道府県等の内 ┌ 7都道府県等 立入検査を実施せず(立入検査に係る方針が未策定) └16都道府県等 立入検査を実施している
立入検査を実施している16都道府県等で、 立入検査が行われたが、不適事項の指摘漏れが、 6都道府県等の14事業場で26事項見つかった |